甘えるのもワガママも8
「頼って甘えているのか、ワガママを言っているのかそれは単純には言えない。
どんな内容で誰に対するものかで変わってくるからね」
例え同じ内容のお願いだとしても受け取る人によってそれが甘えているのかワガママなのか変わってくる。
周りから見てワガママでも本人にとってはワガママでないことだってあるし一概にこうとは言えない。
「私、ジ君ぐらいにしかこんなこと言ったことがなくて、普段は周りからも良い子だって言われるし、ジ君をとても頼りにしてて……」
「そうか……それはダメだな」
「えっ……」
リンデランのステップが乱れる。
ここはジが上手くリードして持ち直すがショックを受けた目をしている。
「俺に甘えるのはいいんだ。
これまでのことだって、今日のダンスのことだってワガママだなんて思ったことは一度もない。
やりたくないなら俺はやらないって言うしな」
「じゃあ何がダメなんですか?」
「リンデランは良い子すぎる」
「な、なんですか、それ?」
「今回のその疑問は甘えることとワガママの境目が分からないから不安なんだろ」
ここで曲調が少し変わり、早めのものになる。
「リンデランは他の人に甘えなさすぎるんだ」
未来のヘギウス家を担うリンデランには大きな期待やプレッシャーが常にかかっている。
ヘギウス家を狙うものの視線に晒されまだ幼いながらに完璧に振る舞わねばならない。
その重責がいかほどのものかはジには想像できない。
だからこそリンデランはジに心を開いた。
貴族としての責任も関係なく、近くにいるのに完璧な自分を演じなくてもいい存在だから。
「俺は知ったんだ。
他人に頼ることの大切さを」
頼られることはいい。
ジとしてもリンデランのために何かやることはやぶさかではない。
周りの人のために何かをすることは周りの人のためだけでもなく、巡り巡って自分のためになることもある。
ジもリンデランを頼って色々お願いしているのでお互い様だ。
ただリンデランのいけないところはジに頼るけど他の人に頼らないことだ。
「頼らなきゃ、甘えてみなきゃどこまでが甘えでどこからがワガママか分からない。
そして周りの人だってどこまでリンデランが頼ってくるとか、助けていいだとかも分からない」
「私はどうすれば……」
「甘えるんだよ」
「甘え……」
「そうだよ。
みんなにもっと甘えてごらん。
リンデランは良い子だから甘えてほしいと思っている人だってたくさんいるはずだよ。
そうして分かっていくのさ、甘えるのもワガママも」
「でも、そんなのどうしていいか……」
「俺に出来ているんだ、他の人にもそうすればいいさ。
よっと!」
クルリとリンデランを回転させる。
リンデランはジの言葉を考えるのに必死でリードも忘れている。
けれど今踊っているのはよく練習した曲で逆にジはそんなリンデランをリードしてあげる。
「普段の良い子加減を考えると多少のワガママでも聞いてくれるはずさ。
人は助け合いだ。
助けて助けられて絆が深まって、甘えとワガママのラインを探って互いを分かっていく」
「む、難しいです」
「ははっ、そうだな。
俺も1人で抱えすぎだと怒られたよ。
じゃあまずは手始めにパージヴェルで考えよう」
「おじいさまで?」
「パージヴェルにしてもらいたいことはないか?」
「おじいさまにしてもらいたいこと……ですか?」
「そ、なんでもいい。
できれば……今できそうなことかな」
「そんなこと……」
「考えるんだ」
ジは強めにリンデランを引き寄せて目を合わせる。
リンデランの瞳は動揺に揺れている。
荒療治でもこれは必要なことだと思った。
他の人を頼ることは悪いことじゃない。
適切に誰かを頼ることは友情を育むことも出来るし互いの関係性を測る物差しにもなる。
そしていざという時に頼り頼られることは普段から頼っておかなきゃ難しい。
リンデランはある意味でジに似ているところがある。
割となんでも抱え込んでしまうタイプなところだ。
ジは少しずつ周りを頼り、周りに任せることを覚えてきたけれどリンデランはまだまだそう言ったことが苦手そうだ。
「あぅ……こ……」
「えっ?」
「抱っこ……して欲しい、です」
顔を真っ赤にしてポソリと口にしたパージヴェルにしてほしいこと。
未来の家主としてふさわしくなく、もう子供ではないからと抱きかかえられることをいつからか拒否してパージヴェルもやらなくなった。
なんでだろうか、やってほしいことを考えてまた昔みたいに抱きかかえてほしいと思った。
大柄で背の高いパージヴェルの背丈から見る景色はいつもと違っていて、耳元に安心できる声がする。
「良い、お願いじゃないか」
ジは優しく微笑む。
曲が終わってリンデランと向かい合う。
なんやかんやと足は踏まずに踊り終えた。
「行こう」
「ま、まさか今ですか!?」
「今行くのが、俺のお願いだ」
「い、イジワルです!」
今度はイタズラっぽく笑う。
次のダンスのお相手をと男子たちが集まる前にジはリンデランの手を引いてパージヴェルの前に連れていく。
「どうした?
何かあったのか?」
「パージヴェルさん、1つ、お願いを聞いてあげてください」
「お願い?」
ジはポンとリンデランの背中を叩いて前に出す。
何度も胸の中で落ち着けと叫ぶけど一向に顔の赤みが落ち着くことはない。
「だ……」
「だ?」
「抱っこしてください!」
もっとみんなに聞こえないように言えばよかったのだけど喉から言葉が出てこなくて、大きな声で押し出すように言うしかなかった。
「リン?」
予想もしていなかったお願いに面をくらうパージヴェル。
「昔みたいに……抱きかかえてほしいんです」
腕を広げて伸ばすリンデラン。
恥ずかしさで死んでしまいそう。
「いいのか?」
「早くしてください……」
「分かった!
ほら!」
パージヴェルはリンデランの腋の下に手を入れて優しく持ち上げる。
大きくなって昔のように軽々持ち上げられない。
娘の成長を改めて手にかかる重みで知り、パージヴェルは驚く。
「もうこうすることはないと思っていた……」
抱きかかえると同じ目線の高さだったのに今では抱きかかえるとリンデランの顔をやや見上げる形になる。
リンデランはパージヴェルの首に手を回して抱きしめる。
「ワガママですけどちょっとこうさせてほしいです」
「こんなもの、ワガママなものか……」
過去でリンデランはこの年に至る前に死んだ。
リンデランが死んだことで気が狂ったのか、パージヴェルも戦争で亡くなった。
くだらない運命に囚われて死の運命を辿っていたはずのリンデランとパージヴェル。
けれど今は違う。
確かに生きて、確かに抱き合っている。
2人が生きていることは未来にどんな影響を与えるのかジには予想もつかない。
だけど誰かが定めた運命とやらよりはずっと良い。
そう、ジは思った。
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