閑話・北方親子の雪解け1

「大公様、ご招待状です」


「招待状だと?」


 カルヴァンは書類仕事の手を止めてトレーに乗せられた招待状を手に取る。

 怪訝そうな表情を浮かべる。


 こうしたことはあまりカルヴァンに話が来ない。

 カルヴァンに長年仕える老執事のキノレもカルヴァンがそうしたことにあまり興味を持たず出席しないことは知っている。


 だから特に招待状なんて滅多に持ってこない。

 重要なら話ぐらいは伝えてくることはある。

 

「なぜお前が……それにこういうのは大体トレイラーの方の……


 む、その紋章はヘギウスの?


 なぜ招待状が」


「しかも招待の御相手はユダリカ様でして、そのためにこちらにも招待状が届いたようでございます」


「なに?」


 カルヴァンはペーパーナイフで招待状を開いて中を見る。


「……報告には受けているがアカデミーで上手くやっているようだな」


 カルヴァンが笑みを浮かべるところをキノレは久々に見た。

 家の中にユダリカの味方は少ない。


 トレイラーは自分の息子の方を家主にしたいようでユダリカには厳しく当たっている。

 カルヴァンも後継者として、あるいはユダリカに早く力を開花してほしくて厳しくはしてきた。


 ちょっとした事件があってユダリカの環境を変えてやることが必要だと思ってアカデミーに行かせることにした。

 もちろんただ自由にしているのでもない。


 監視をつけてどんな感じでやっているかの報告はさせている。

 カルヴァンの都合などで情報にタイムラグはあるがおおよそのユダリカの現状は把握していた。


 ユダリカの卵が孵ったこともカルヴァンは知っていた。

 最近は不思議な付き合いがあることももちろん聞いている。


 その付き合いの付き合いからヘギウスとの付き合いがあることも報告にはあった。

 四大貴族としてヘギウスとはカルヴァンも多少の付き合いがある。


 子供の誕生日パーティーの招待状が送られてくることもあったけれどカルヴァンに対して送られたものであり、カルヴァンも都合が悪かったりと出たことはなかった。

 しかし今回はカルヴァンとそれに加えてユダリカに対して送られたもの。


 むしろユダリカの方がメインだろう。


「トレイラー様にお渡しいたしますと……その」


 キノレが言いにくそうに曖昧な笑みを浮かべる。

 こうした他家からの招待状を管理しているのは第二夫人であるトレイラー。


 出席が必要そうなものをトレイラーがピックアップしてカルヴァンに伝えて、カルヴァンが仕事を調整して出席するのが通常の流れ。

 ユダリカに来た招待状を馬鹿正直にトレイラーが話に上げるはずがない。


 きっと黙殺される。

 おそらくアカデミーにいるユダリカの方にも招待状は行っているはずだからユダリカが行くつもりなら勝手に行くだろう。


 だからこの招待状を見つけたキノレはあえて直接カルヴァンに持ってきたのだ。


「……キノレ、今年の作物の状態はどうだ」


「よくありません。


 昨今のモンスターパニックのせいで北部の中でも比較的作物が取れる南の方に被害が出ています。


 今年の冬を乗り切れるか、少々厳しい見通しになっております」


「中央に支援の要請が必要になるな。


 話を通すなら早めがいいかもしれない」


「行かれるおつもりですか?」


「……北部は閉鎖的すぎた。


 過去何度も問題があってその度になんとか乗り越えてきたがもっと交流を持って適切に協力を求められればと思うことがある」


 北方の貴族は他の貴族との交流が他の地域に比べて多くない。

 その代表が北方大公であるカルヴァンであり、もはや文化である。


 けれど北方にだって問題が起こることはある。

 北方の蛮族を相手にすることだけではなく寒冷な地域であるがゆえの問題や魔物の問題も発生する。


 北方の貴族たちで協力して乗り越えてきたが他の地域や中央の協力を得られれば楽に乗り越えられたようなことも過去にはあった。

 どこかで変わらねばならないとカルヴァンは常々考えていた。


「予定を変更して首都に向かう。


 ……ついでに招待に応じよう」


「承知いたしました」


 素直に息子に会いに行くといえばいいのにと思うキノレ。


「誕生日パーティーだからな。


 何か贈り物も見繕ってくれ。


 ユダリカに用意させるのも酷だろうしヘギウスと仲良くするいい機会だ」


「はい、良いようにしておきます」


 全部息子のためだろ。

 しかしキノレはお家の中でも古株で昔からユダリカの面倒を見てきたユダリカの味方側の人だった。


 ユダリカのために招待状をカルヴァンに渡したキノレはトレイラーにバレないように準備を進めるのであった。


 ーーーーー


「あの……」


「どうした?」


「どうして来て……くれたんですか?」


 帰りの馬車の中、会話がなくて重苦しい空気の中でユダリカが口を開いた。

 こんなパーティーに顔を出す人ではない。


 なぜ贈り物まで持参で来てくれたのかずっと気になっていた。


「……貴族と縁を結ぶいい機会だと思ってな」


「そうですか……」


 まあ俺のために来るはずないよなとユダリカは小さくため息をつく。


「いやいや……大公様も正直になればよろしいのに……」


 馬車を御しているキノレは盛大にため息をつく。

 この親子は昔から何かとギクシャクしている。


 そんなに互いを嫌っているのではないはずなのに会話が少なく、どちらも恥ずかしがり屋さんで口下手だから距離が縮まらない。

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