母の愛6

「……知り合いですか?」


「今知り合った」


「なんであんな高そうなお酒をあんなおじいさんに?」


「……簡単に見た目で人を判断しちゃダメだ。


 彼はこの貧民街のボスだよ」


「えっ!?」


 一見するとただの墓守のご老人。

 しかしその正体はこの貧民街のボスなのである。


 あんな格好をしているのは単なる見せかけで墓守の老人がボスだと知るものは少ない。

 ジも過去がなければ到底知りうる話でもなかった。


 何事もなければ特に話しかけることもなかったのだけど別の貧民街で問題を起こしてしまった。

 それで何かするほど器量の狭い人ではないと信じたいけれどご挨拶しておけば問題が避けれるのならそうしておく。


 あのお酒は超がつくほど辛口でアルコールの強いお酒。

 墓守の老人は師匠と真逆でキツい酒を好むらしい。


 あまりこの国じゃ見ない酒を好んでいることは同じ。

 ジだと舐めただけでクラクラしてしまうぐらいの代物だけど強すぎて人気のないお酒だから見つけるのは大変でもそんなに高くもなかった。


ドラゴンも酔わすほどに強いって事でドラゴンをかたどったマークが大きく書いてあるので知ってる人は見ただけで分かるお酒の銘柄だった。


「会長はなんでも知ってますね……」


 ボスだと知らないユディットは墓守の老人を邪険にはしないがこの場にいても相手にしなかっただろう。

 ジが広く色々知っていることに深く感心する。


「まあこれはたまたまな」


 こちらの貧民街にもボスがいることは分かっていた。

 けれどその存在までは知らなかった。


 彼が死んでようやく噂になったのだ。

 墓守の老人がボスだったと。


 ただ墓守の老人が死んだのはジが中年ぐらいになってから。

 つまり相当な長生きじいさんなのか、もしくは老人に見せかけて老人ではなかったかのどちらかだ。


 路地裏の世界の偉いやつは大体姿を現さないものだ。

 ふんぞりかえって偉そうにしているやつほど大したものではない。


「おお、そうだ」


「うわぁっ!」


「なんだ、びっくりするではないか」


 戻ってきた墓守の老人。

 ひょっこり現れたものだからユディットは驚く。


 貧民街のボスと聞いたあとだから余計に驚いた。


「お前さんに言っておこうと思ったことがあってな」


「あ、そういえば俺も聞きたいことがありまして」


「聞きたいこと?


 先に言え」


「ファフナという女性を探しているんですがご存じではありませんか?」


「……ほっほ、面白いな」


「面白いですか?」


「ワシもファフナのことをお前さんに教えようとしていたんだ」


「……どうしてですか?」


 ジの目的が先に漏れていたとは考えにくい。

 ならばどうしてファフナを探していることが分かっていたのか。


「なに、きっとお前さんの目的とワシの目的は違う。


 ファフナはな、あの双子を取り上げた女性だ。


 あの母親……なんといったかな?

 名前は忘れたがそれなりに仲が良かったはずだ」


「あっ、そうなんですか」


「同一人物ではない可能性もあるがこの貧民街にファフナは1人だけだ。


 南側に住んでいる足の悪い女だ。

 少し探せばすぐに見つかると思う」


「助かります。


 ありがとうございます」


「未来の大商人、貧民街の王になるかもしれん男に恩を売って悪いことなどないからな」


 チラリとフードの下に見えた顔。

 それは確かに老人のようなしわくちゃな顔であった。


 ーーーーー


「2人とも、絵は逃げないから歩く時は前を向きなさい」


 タとケはずっとペンダントの絵を見ている。

 ペンダントとしては大きいが絵としてのサイズは小さい。


 それなのにとても細やかで精巧で人となりまで伝わってくるような美しい絵。

 おそらくそこらの画家じゃ逆立ちしたってそんなものはかけない。


 すごいお金持ちのパトロンでもいる踊り子だったのかもしれない。

 見るのはいいのだけど歩きながらでは危ない。


 落としてペンダントが壊れでもしたら大惨事である。


「絵……か」


 細やかな絵。

 ジは絵を描けないけれどあの絵を見て過去にあった商売を1つ思い出した。


 そのうちやってみるのも面白いかもしれない。


「足の悪いファフナという女性はあちらに住んでいるそうです」


 普通の人をただ名前だけで探すのは苦労するものだが足が悪いというと割と限定される。

 名前とその特徴、住んでいる場所も大体わかっていれば探すのは容易だった。


 そんなに聞き込む必要もなくファフナの住んでいる場所を特定できた。

 貧民街の南側は粗末な小屋のような家々が立ち並んでいる。


 グルゼイがジのところに来る前に住んでいたテント街よりはいいがジが住んでいるちゃんとした家があるところよりは環境が悪い。


「この辺りのはずなんですが」


 どの家も同じ作りをしてるので見た目でこの家だと断定ができない。


「あっ、あの人じゃないかな?」


 タとケは交代交代でペンダントを持って歩いていた。

 今はタがペンダントを持ち、ケは手持ち無沙汰でキョロキョロと周りを見ていた。


 少し離れたところに杖をついて左足を引きずる年配の女性がいた。


「すいませーん」


「はい、なんで……」


 ファフナだろうとジは声をかけた。

 振り返った女性は大きく目を見開いて雷にでも打たれたような表情を浮かべた。


 持っていた杖を落として震える手を伸ばし足を引きずりながら前に出る。

 ジの横を通り過ぎてタとケのところまで行く。


 やはりファフナで間違いないみたいだ。


「アレナ……ああ、なんということ。


 神よ……」


 膝をついて神に祈り出すファフナ。 

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