母の愛5

 急激に自分がやってきたことを自覚したビスカス。

 目から涙が溢れ出す。


 届かぬ月に手を伸ばしいつしかそれを独占しようと目を曇らせて何も見えなくなっていた。


「お、俺は……俺は何を…………」


「罪を自覚するのが遅かったな。


 せめてサッと逝かせてやろう」


「待って!」


「ダメ!」


「……なんだと?」


 泣き崩れるビスカスに剣を振り下ろそうとするグルゼイ。

 こんなクズ死んでしかるべきだと思うけれどそれを止めたのはタとケだった。


「まだ何か聞きたいことでもあるのか?」


「おじさんは……お母さんのことが好きだったんだよね?」


「……そうだ。


 でもそのせいで俺は犯してはならない罪を犯してしまった」


「今は悪いことだって分かっているんでしょ?」


「そうだ。


 だから、罰してくれ」


 これまで醜い嫉妬や怒り、タとケへの執着で生きてきたが光の無くなった世界をもう生きていける自信もない。

 胸に押し寄せる罪悪感に今にも押しつぶされそうでビスカスは死を懇願する。


「どうしたい?


 お前たちが決めるといい」


 酷な選択を迫るが止めたのはタとケだ。

 それにやはりビスカスをどうするのかは2人が決めるべきことだとグルゼイは考えた。


 もし迷ったり、そのつもりがあるなら自分が非難されようとも手を汚すつもりはある。


「……ケ」


「……タ」


 タとケが見つめ合う。

 口に出さなくても2人の考えは同じだった。


「グルゼイさん」


「おじさんを殺さないであげて」


「理由を聞いてもいいか?」


 この2人ならそのような選択をするかもしれないとは思っていた。

 だけど許す必要はなく、本人ですら罰されることを望んでいる。


 許すことの非情さも時にはある。


「だって……お母さんだったらそうすると思うから」


「お母さんならきっとそうしたら褒めてくれるから……」


「なんだと……?」


「この人悪い人だよ。


 それは分かってるよ」


「でもお母さんはこの人を殺すことなんて望まない。


 そして偉いねって褒めてくれるんだ」


 絵でも優しく微笑んでいるタとケの母親。

 どんな人なのかビスカスの話を聞いただけでは分からないが優しい人だったことは伝わってくる。


 タとケが誰かを殺すことを望むことを望まない。

 なぜなのかタとケはそう思った。


 多分殺してとグルゼイにお願いしてそうしても怒りはしない。

 でも許せなくても許そうとする2人を見て母親は優しく笑って、そして優しく抱きしめてくれるのだ。


 タとケの想像であり本当にそうなのかは誰にも知ることはできない。

 だけど母親がそんな人だったと思えるのだ。


 だから殺さない。

 母を悲しませたくないタとケが下した優しい決断だった。


「……そうか」


 母のためと聞いてグルゼイは剣を収める。

 殺せるはずがない。


 幼い2人が必死に考えて出した答えにケチはつけられない。


「すまない……本当にすまない……」


 同じく気持ちを汲み取った男も殺してくれとは言わない。


「おじさん」


「は、はい……」


「罪を償って生きて」


「お母さんが生きられなかった明日を私たちは生きるから」


「死んじゃ全部が終わり」


「苦しくても、お母さんがいなくても明日を生き抜くの」


 ビスカスが頭を上げるとタとケの目には涙がたまっている。

 でも2人は泣かない。


「分かり……ました」


 ビスカスはタとケの母親の笑った顔を思い出していた。

 何か手伝おうとして失敗しても笑って許してくれていた。


 2人は母親のことなんか知らないはずなのに。

 なのに何故か見た目だけではなく心まで似ているものだとビスカスは涙を流した。


「……すいませんね、お騒がせして」


「何、静かな方が珍しいような場所だから構わんよ」


 グルゼイにタとケを任せてジは騒ぎを見ていた老人に近づいた。

 腰が大きく曲がり、古ぼけた杖をつき擦り切れたローブを羽織っている。


 お墓の管理をする墓守のおじいさん。

 ユディットは何故わざわざこのご老人に話しかけるのか理由が分からなかった。


 気づけばそこにいて騒ぎをジッと見ていたご老人。

 うつむき気味でフードをかぶっているので顔はよく見えない。


「いえいえ、あなたの場所で人を殺してしまっての謝罪ですよ」


「ワシはただこの墓を守っているだけだ。


 人が死のうと関係がないわい」


「まあそう言わないでください」


「さっきから何が言いたい?」


「別にこちらを荒らしに来たってわけじゃないことをご理解いただければと。


 ユディット」


「はい」


 不思議な会話を続けるジはユディットを呼び寄せる。


「……くっ、ちょっと屈め」


 それなりに身長が高いやつだったがちゃんと給料もらってちゃんと食っているユディットはさらに身長が高くなった。

 言われた通りに屈んだユディットの背中にはリュックがある。


 それに手を突っ込んで中のものを取り出した。


「ま、お詫び代わりに」


 それは酒瓶だった。

 やたら重たいと思っていたらそんなもの背負わせていたのかとユディットは目を細めた。


 大人のプレゼントと言えば相手が男ならお酒でほぼ決まりだ。

 娯楽も少ないので酒を飲むのが楽しみな人が圧倒的に多い。


「それは……」


 お酒のラベルを見てなんのお酒かすぐに察した墓守の老人。


「う、うおっほん。


 くれるというのなら貰っておいてやる。


 墓の上に死体が転がっているのもなんだからワシが処理しておいてやろう。

 あやつら幅を効かせてきて目に余るところじゃったからちょうどええ」


「ありがとうございます」


「礼を言うのはこっちじゃ。


 ほほーう、今日の夜が楽しみだ」


 ジから酒瓶を受け取り墓守の老人は大切そうに抱えてどこかに行ってしまった。

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