母の愛4
人数差があれば勝てるなどと考えるのは甘い。
バカみたいに人が多ければそりゃ無理だけどごろつきが十数人集まったところでそんなもの大差はないのだ。
受けとめるよりも受け流す。
そうすると相手はバランスを崩して体が流れる。
他の男が攻撃する邪魔にもなるので二重の防御になる。
グルゼイが容赦なく男たちを切り捨てる。
素手の男もそうした戦いに長けているのかと思ったけど全然そんなことがない。
路地裏のケンカレベルでものを考えて素手で突っ込んでやられている。
「クッ……なんだ!」
グルゼイが素手で殴りかかってきたチンピラの脇腹に掌底を入れた。
男はその瞬間掌底のものとは違うチクリとした痛みを感じた。
「ウ、ウワアアアア!」
急激に熱く刺すような痛みが脇腹に広がる。
グルゼイは服の袖口に魔獣であるスティーカーを忍ばせている。
掌底を入れた時に袖口からスティーカーが顔を出して脇腹に牙を突き刺したのだ。
スティーカーの武器である毒が脇腹に流れ込み、毒による激痛にチンピラは地面を転がり回る。
いや、それだけではない。
グルゼイに倒された人はみな地面に倒れて苦しんでいる。
泡を吹いていたり顔が紫色になったりしている。
「2人ともフィオスをお願いねー」
今のグルゼイの顔はちょっと子供には見せられない。
ジはフィオスを呼んでタとケに渡す。
2人で抱きつくようにしてフィオスを持ってくれる。
「ユディットもやるな……」
最初はお堅い基礎的な剣術しか使えなかったユディットもグルゼイとリアーネにしごかれてより実戦的な柔軟な戦いをしている。
怒っているのはユディットも同じだ。
魔物との戦いも経てユディットは戦いにおける冷徹さも手に入れている。
さらに1番良くて安物の剣ではユディットの魔剣を相手にすることはとてもできない。
武器ごと切り裂くユディットを止められる人もいない。
「な、なんだこいつら……」
これだけ人数がいれば多少強くても倒せるだろうなんて思っていた。
なのにどうして。
「だから言っただろう。
代償を払うのはお前だと」
グルゼイは返り血すら浴びずにユディットの倍の人数を倒して男の前に歩み寄る。
「ま、待て!
こ、これだろ、これを渡せばいいんだろ!」
「あ、あっ!
か、かえ……」
「うるせえ!」
男はビスカスからペンダントを奪い取ろうとする。
抵抗するビスカスを殴りつけてペンダントを強奪するとグルゼイに差し出す。
グルゼイは無言でペンダントを受け取る。
「な、命だけは……」
「その約束はもう遅すぎる」
「えっ」
媚びるような下手くそな笑顔を浮かべたまま男の首が飛んでいく。
グルゼイは男の首をはね飛ばした。
ペンダントを渡せば助けてやるというのはその場限りの提案である。
襲いかかってきた時点でそんな約束無効である。
「ヒ、ヒィィィ!」
「待ってください師匠!」
ビスカスを切り捨てようとするグルゼイを止める。
「なぜ止める?」
「ちょっと聞きたいことがあります」
「聞きたいことだと?」
「はい」
「な、なんでも聞いてくれ!
なんでも答える。
だから命だけは!」
「2人の母親ってどんな人だった?」
「あ、あの女のことか?
す、すごい美人だった……
元々他の国で踊り子をやっていたらしいがなぜか身籠った体でこの国に逃げてきたらひい……」
殺してしまうのは容易い。
だけどこれはタとケの母親のことを知れる機会だと思った。
知っている人がいるか分からなかったけど知っている人がいるならこんなやつの口からでも母親のことを2人に知らせてあげたい。
「2人はよく似ている。
ほんと……あの女を小さくしたみたいだ。
しなやかで美しく……目を奪われた。
ひょのペンダントの中を見てみろ」
「これか?」
グルゼイがペンダントを開いてみる。
「これは……!」
絵が入っているとは聞いていたが中を見て驚いた。
「2人ともおいで」
「……なーに?」
「ほら、見てごらん。
これがタとケのお母さんだ」
ペンダントの中の絵はしとやかに微笑む女性だった。
見て驚いたのはそれがタとケに似ていたからである。
2人がそのまま美しく育てばこうなるだろうと未来の予想を見たような気分になった。
「これが……」
「お母さん……?」
タとケの目にまた涙がみるみるたまっていく。
「声は鈴のようで、髪はシルク、踊り子だから体もしっかりしているのか歩くだけでも周りの目を引いた。
こんな貧民街にあって月明かりのような輝きを持つ人だった」
こいつ詩人にでもなればよかったのに。
「思い出した……」
最初、1番最初は守りたいという思いだった。
なんかジメッとしてて気味が悪くて陰鬱な貧民街にあっても優しい人だった。
憂さ晴らしに殴られてトボトボと歩いていたビスカスに優しくしてくれたのがタとケの母親だった。
貧民街で歪んだり腐っていく姿は見たくないと思ったのが最初の思いだったはずだ。
「いつからこんな風に歪んでしまったのだ……」
手に入らなくてもいい、笑顔であってくれればいいとそう思っていたはずなのに。
いつしか想いが歪んで執着になり、自身が彼女の顔を曇らせている原因になっていた。
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