母の愛2

 場所が場所だけに気軽に来れるところでもないけど鉄は熱いうちに打てという。

 タとケが母に抱える思いをこの際だから完全に吐き出させやろうというジの心意気である。


 生きていく上ではいつかどこかで決着をつけて自分のものにしていかなきゃいけない。

 優しい大人が周りにいるうち、そしてまだ柔軟な子供のうちにやっておいた方がいいというのがジの考えだ。


 タとケは母との対話を続ける。

 姿は見えなくともきっと2人の成長は伝わっているはずだ。


「母親……ね」


「お前も母が恋しいか?」


「いえ……気にならないといえば嘘になりますけど特に恋しくはないです」


 こちとらジジイまで一度生きた身だ、今更母親を恋しがりはしない。

 けれど誰で、どんな人だったのかを気にしなくなったことはなかった。


 それを知ることを諦めてもふとした時に考えてしまうことはあるのだ。


「俺はまだ産まれて間も無く貧民街に捨てられたそうです。


 タとケはまだ母の話を聞くことはできるでしょうけど俺は全く手がかりもないですからね」


「……俺の師は師弟関係とは親子のようなものだと言った。


 子は嫌いだ。

 やかましくて、言うことを聞かなくて、なのに守ってやらねばならない……


 だがお前は俺の弟子だ。

 最初で最後、唯一の弟子だ」


「師匠……」


 師匠も最後は壮絶な人だった。

 他者を寄せ付けず己を守るためでもあったろうが貧民街のために戦い、最後は目的を果たすこともできず戦いに狂って死んでしまった。


 その時に比べたらかなり丸くなった。

 当時は自分のためだなどと言っていたが今考えればやっぱり貧民街を守ろうとしてくれていたんじゃないかと思う。


「ただいざとなったらあの子たちを優先して守るからお前は自分で自分を守れよ」


「師匠……」


 別にいいんだけどさ。

 もちろん同じく危機的状況になったらタとケを守ってくれとは思うけど。


 それを口に出して言わなくてもいいじゃない。


 耳が赤いので照れ隠しなのバレバレだけどもね。


「おやぁ?


 本当にいるじゃねえか」


 双子と母親の会話も落ち着いてきた頃、男が近づいてきた。

 頬がこけて目の下に大きなクマがある痩身の丸坊主男。


 ガジガジと木の枝をかじっている男はニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている。

 男の視線の先にはタとケがいた。


「あっ、あの人……」


 ケが男に気づいて嫌そうな顔をする。

 2人がテテテとジの後ろに隠れる。


「知り合いか?」


 こんなやつ知り合いじゃないだろうと分かりつつ聞いておく。

 人は見た目によらないというので決めつけも良くない。


「私たちに手を出そうとした人……」


「クズ野郎」


「ケにそんな言葉使わせるなんて相当な奴だな」


 滅多に聞けないケの暴言。

 さっきまでの泣き顔がウソのように2人とも険しい顔をしている。


「おいおい……どこに行ったのか探してたぞ?


 そのいかにも貧相なガキはなんだよ?」


 これでも少し体格は良くなったんだぞとジはムッとする。

 一瞬で見下したような目をする丸坊主男にジも不快感を覚える。


「2人に何の用だ?」


「何の用だと?


 お前こそ大人に対してその言葉遣いなんだよ。


 俺が用があるのはそっちの双子だ」


「こっちにはお前になんか用はないんだよ」


「なんだと、このクソガキ!」


「真っ当な大人ならシケラの木なんかかじらないんだよ」


 丸坊主の男がかじっているのはシケラという木である。

 美味いものじゃない。


 かじっているとほぐれてきてやや刺激的な味が口に広がってきて舌が痺れるような感じがしてくる。

 そこを乗り越えてまだかじっていると段々と舌の感覚が麻痺してくる。


 そこまで来るとなんだか高揚した気分になってフワフワとしてくる。

 歯が丈夫じゃなきゃ体験できないがお手軽に気分を上げるちょっとしたヤバいものなのだ。


 当然体には良くない。

 長く使っているとこの坊主頭男のように常にシケラをかじっていなきゃ気が済まなくなり、シケラをかじっていても精神が不安定になっていく。


 頬のコケ具合と目の下のクマを見るにこの坊主頭男はかなり長いことシケラをかじっているようだ。


「ふー、まあいい。


 俺はお前らを探していたんだ。


 あの女の娘……」


「……何が目的だ」


「あの女は身籠もっていた。


 そのくせに金も知り合いもいなくて何も持っていなかった。


 だけど顔だけは良かった。

 ……体もな」


 くちゃくちゃとシケラをかじる坊主頭男。

 刺激的な味が口に強く広がって少しだけ気分が落ち着く。


「だから俺は、あの女を助けてやろうとしたんだ。


 少しばかり楽しませてくれたらそれで子供だって育ててやるつもりだった……


 なのに……なのにぃ!」


 坊主頭男がシケラの先端を噛みちぎる。


「あの女、俺を拒みやがった!


 少し優しくしてやりゃつけ上がりやがって!」


 目が逝っている。

 ヤバそうな雰囲気にジは少しずつ坊主頭男と距離をあける。


「俺は、だから決めたんだよ。


 あの女を自分のものにするってな。


 ガキが産まれりゃそれを使ってなんとかできると思ってな。

 だけどあの女は死にやがった!」


 またシケラをかじってほぐそうとするがすぐに柔らかくなるものでもない。

 こんな短い時間でも男は苛立ち始めている。

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