第六章
母の愛1
クトゥワを迎え入れたのは研究やキーケックのためでもあるがもう1つ目的もある。
それは研究協力者名簿を手に入れることである。
研究協力者名簿とは冒険者ギルドや商人ギルドが作ったリストであり、その人が契約している魔獣などの情報が載っている。
これは魔獣を持つ人なら誰でもギルドに行って名簿に名前を載せることができるもので、研究関連の技術者なんかが閲覧できる。
時として実験のために魔物が必要なことがある。
魔物そのものを使うことや新鮮なサンプルの採取なんかをやらなきゃならない必要性に迫られることがあって、そのためにこの名簿が利用される。
要するにいくらかお金を払えば研究に協力してくれる人の名簿である。
魔獣が関わる名簿なので基本的に一般の人は見られない。
研究をしていることを申請してちゃんと許可が下り、必要な魔獣に関する名簿のみ閲覧することが許される。
ただこの名簿も有用でないことも多い。
魔獣を登録するのが怖い人やどうせ仕事の話が来ないからと登録しない人など名簿に載っていない人の方が圧倒的に多い。
何かのきっかけで話がくればいいと登録している人が多く、そのほとんどの人に何の連絡もないままなのが大半になる。
ジは実験すると言うことでフィオス商会所属のクトゥワで研究の申請を出した。
クトゥワ自身はちゃんとした魔物研究者なのでちゃんと許可も下りた。
クモ系とファイヤーリザードの名簿を申請して多少時間は待ったけれどようやく閲覧することができた。
名簿はあまり整理もされておらず他国や遠方でも世界にあるギルド全体で申請されたものが全部載っている。
ここら辺も使い勝手が悪い要因なのだ。
そこからクトゥワが何日もかけてこの国の人をリストアップした。
声がかかると思っていないのか絶対数が少ないファイヤーリザードだったがこの国でも数人登録している人がいた。
この国と言ってもこの町とはいかない人もいるがこの町の人もいた。
「怖いか?」
「ううん、ジ兄ちゃんがいるから平気」
「ジ兄……離れないでね」
「離れないよ。
みんなもいるし大丈夫だって」
ファイヤーリザードを魔獣としている人がいるのは貧民街。
といってもジたちのいる貧民街ではない。
この町は3つの貧民街がある。
意図してそうなったのではないけれどそれぞれの貧民街が大きくなりすぎないために深い闇が生まれにくいことや平民街での働き手になるのに分散している方がいいなどの理由からそのまま3つに分散されたままになっている。
1つの大きな貧民街では目の行き届かないところが生まれてそこから何かの闇が出るなんてこともある。
歴史上たまたま貧民街が分散しただけのことでわざわざ複数貧民街を用意するような都市もない。
貧しい通りはあっても街になるほどの規模であるのは滅多にないのだ。
ジは今自分たちが過ごしている貧民街と別の貧民街に訪れていた。
ここはタとケがジのところに来る前に住んでいた貧民街でここから2人は逃げてきた。
本来ならあまり来たくないはずの場所にタとケが来ているのには理由があった。
ジを挟んでタとケがくっつくように手を繋いで歩く。
「大丈夫だ、俺も付いている」
「私もです!」
タとケのためにグルゼイとユディットをついてきていた。
「わ、私は守ってほしいですぅ……」
そしてメリッサも。
メリッサは商会関係のためだけど。
ジがいる貧民街は比較的治安がいい。
新しめの貧民街であり、大婆などの尽力もあって無法地帯の中でもそれなりのルールってものがあった。
対してこちらの貧民街は古くからある貧民街。
全体的な治安はジたちのいる貧民街よりもちょっと危うい。
場所や時間帯にもよるけれど自分で身を守る意識が必要になる。
子供に手出さないような暗黙のルールはあるがそれを守らない大人もこちらには一定数存在するのである。
見知らぬ顔に視線が集中する。
もしかしたらタとケを見ている人もいるのかもしれない。
まずはタとケの方から用事を済まそうと思う。
そうじゃないと2人も落ち着かないだろうし。
「大丈夫か?」
「う、うん」
「大丈夫」
普段はニコニコとしているタとケの表情が固く、ジの手を強く握っている。
向かっているのは貧民街でもハズレにある場所。
貧民街ではあるが貧民街ではない場所。
そこは墓地だった。
教会の管理のもとで平民と貧民が静かにここで眠る。
その一角。
身寄りのない平民なり貧民なりがまとめて埋葬される所がある。
「ここだ」
ここには、タとケの母親も眠っている。
タとケの母親は貧民街で2人を産んでそのまま亡くなった。
どうにもこの町に身寄りはなかったらしく、知り合いもいない彼女はそのままここで大勢と共に埋葬されることになったのである。
ジから手を離して2人が前に出る。
「お母さん……」
「ここにいる……」
「あのね、私たちようやくお母さんに会いに来る勇気が出たんだ」
「そしてね、今はとっても素敵な人が私たちのことを守ってくれているんだ」
「私たちは元気に暮らしているよ」
「私たちはもう、お母さんが死んだことで悩まないよ」
「でもお母さん、どんな人だったのかな」
「お母さん……会いたいよ…………」
タとケの目から涙が溢れる。
お墓参り、これが2人を連れてきた理由だった。
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