君たちは祝福されている4

 持ち手から全体を覆った包丁は洗うときにも楽で良い。

 結局ジがしたのは色気のないプレゼントだけど立派な包丁はいざという時は身を守る武器にもなる。


「いいか。


 今日はタとケの生まれた日であり、2人のお母さんが死んだ日だ」


「ジ……!」


 てっきりそのことを忘れさせるためにやっていると思ったのにハッキリとそのことを口に出す。

 2人の顔が暗くなるがジにも何か考えがあるのだろうとみんな押し黙る。


 ちゃんと着地しないとみんなに殺されてしまいそうだ。


「2人は……お母さんの死に責任を感じているのかい?」


「お母さん……私たちのせいで死んじゃった」


「わたしたちを産まなきゃお母さん死ななかったかもしれない!」


 顔も知らないお母さん。

 最初から母親などいないのなら諦めもつくのかもしれないけど自分たちを産んだために死んでしまったというところには子供ながらに思うこともあるのだろう。


「そうかもしれないな。


 タとケを産んだから死んだのかもしれない」


「うっ……」


「やっぱりそうなのかな……」


 グルゼイから殺気が漏れ出している。

 非道な言葉。


 誰もが否定してそうではないと言い聞かせてきたことに正面から向き合う。


「私たちの……せいで」


「お母さんが……」


「そうかもしれない。


 でもそれを望んだのはお母さんだ」


 タとケを産んで死んだ事実は変わらない。

 誰がなんと言おうと2人の中でそうであることは変えられないのだ。


 何が必要だ。

 死に責任があってもいい。


 その上でそれを受け入れてどう生きるかが大事だ。

 そして母親がどんな思いだったのか。


 死んでしまった人の意思は知ることができなけれどタとケは死に囚われてしまって母親の思いを考えていない。

 考えることが怖かったのかもしれない。


「望んだ……?」


「死ぬことをお母さんが望んだの?」


「いや、違う。


 死にたくはなかっただろう。


 きっと2人と一緒にいたかっただろう」


 タとケの肩に手を乗せて膝をついて視線を合わせる。


「でもお母さんが2人を産むときに思ったのは2人を産みたいという思いだったんだ。


 どうして貧民街で出産なんかをしたのか知らないが貧民街に来てまでも2人を産みたかったんだと俺は思う」


「グスン……どういうこと?」


「貧民街は子供を産んで育てるには良くない場所だ。


 教会に行けば保護をしてもらえるし子供を産み育てる手伝いをしてくれるところもある。


 でもそうせずに貧民街に来たってことは何かの事情があったのだろう。

 何かから逃げてたのかもしれない。

 

 ただ1つだけ言えるのはそうまでして2人を産みたかったんだ」


 過去は変えられない。

 でも未来は変えられる。


 過去にあったことがどんな意味を持つのかは変えられる。


「お母さんは君たちを産みたくて産んだんだ。


 大切で愛していて、そして望まれて祝福されてタとケは産まれてきたんだよ」


「大切で愛してて……」


「望まれて祝福されて……」


「こんなに良い子のお母さんだ。


 きっととても良い人だったのだろう。


 2人は産まれてきて欲しいと思われていた」


 タとケの目から涙が流れる。

 それでも気を確かに持ってジの言葉に耳を傾ける。


「お母さんが何を望んでいたのかそれを考えてごらん。


 望まれて産まれてきた2人が自分の誕生日を悲しい日だとずっと思っていることを望むと思うかい?」


「ううん……」


「きっと思わない……」


「お母さんの死に責任があるなら責任を取らなきゃ」


「責任?」


「どう、したらいいの?」


「毎日楽しく、幸せに、健やかに、笑顔で過ごすことじゃないかな?


 お母さんが2人にそうであってほしいと願っていただろうように生きること。


 それが2人の責任だ。


 お母さんの死は忘れないでいてあげて。

 でも死を悲しむだけではなく自分たちを産んでくれた感謝を、毎日を楽しく生きているよと伝えられるように生きるんだ」


「フッ……ウッ……」


「お母さん、怒ってないかなぁ?」


「2人が悲しい顔してたら怒るかもね。


 でもそれよりももっともっと2人が産まれてきてくれたことは嬉しくて、悲しい顔をしていることはお母さんも悲しいはずだ」


 いくら責任がないと言っても心にのしかかった重たい思いはなくならない。

 それよりも責任があってそれを背負って生きることが大切なのだと真っ直ぐに向かい合うことの方がこの先も2人のためになる。


「お母さん……」


「おがあさーん!」


 寂しくないはずがないのだ。

 ジはタとケを抱きしめた。


「2人は祝福されている。


 産まれてきたことに責任はあるかもしれないけど罪はないんだ。


 少なくとも俺やここにいるみんなは2人が産まれてきてくれて良かったと思ってるよ」


 神が祝福してくれなくても、ジが祝福しよう。

 タとケを囲むみんなが幸せを願おう。


 親を知らないジだけれど誰かを大切に思い幸せを祈るのは同じだ。


 過去にジはタとケに会わなかった。

 これだけ目立つ2人なのに全く知らなかった。


 過去に何があったかは気になるけどそこはもういい。

 今は目の前にいるタとケがいればいい。


 心から誕生日をお祝いされるように。

 母親のことを思いながらわずかな悲しみと大きな喜びの日になりますように。


「良い商会ィ……」


 よくわからないけどみんなが泣いている。

 キーケックも父親の件から涙が流れっぱなしだった。

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