スカウトチャーンス!2

 ボサボサの髪、分厚いレンズの丸メガネ、なぜか袖が長くて手が出ない白衣のような服を着ている少年。


「な、なに?」


 これまで図書館でこの少年を見た事はなかった。

 見たら絶対に覚えているだろうルックスをしているから間違いない。


 話しかけられる理由も思いつかない。


「その本、ボクも読んでる」


「えっ……あっ、これ?」


 読んでる途中だから渡せという事だろうかとジは理解した。

 借りていけばいいのだけど大きな本だし持ち歩くのも楽じゃないから図書館に来て読んだ方が良いのは確かにそうだ。


 他にこんな本読む人もジぐらいしかいないだろうから読みかけで置いといても不思議じゃない。

 お尻のほこりを払いながらジは立ち上がる。


「ごめん、読んでる途中だった?


 別の本読むからどうぞ持っていっても……」


「ううん、ボクはもう何回か読んでるから大丈夫」


「じゃあ、どうして?」


 読まないのに何で声をかけてきたのか。


「その本読んでる人他に見たことない。


 初めて見た。


 嬉しくて声かけた」


「そ、そう……」


 話し方もなんだか不思議な子だ。

 悪い子じゃなさそうだけど独特な間を持っている。


「どうぞ。


 スライム、興味あるのか?」


「あ、ああ」


 少年はジの隣の席に腰掛けるとジが座っていた席をポンポンと叩く。

 いつから見ていたのか知らないけどスライムのページを熱心に読んでいたことは見ていたみたいだ。


 ジもいつまでも突っ立っているのもなんなので少年の隣に座る。


「スライムは難しい。


 この本ともう一冊ぐらいしかちゃんと書いてるもの、ない」


「ここの本に詳しいのか?」


「ん。


 よく読んでる。


 君には初めて会うけど」


 ジが図書館に来始めたのは最近だ。

 たまたま時間的に会うことがなかった。


 あるいは図書館も広いので同じタイミングで図書館にいても会わなかった可能性もある。


「それで……何の用?」


「その本を読んでる人初めてみて嬉しかった」


「えっと、同じ本を読んでた俺のことを見て、嬉しくて声をかけたの?」


 コクリとうなずく少年。

 単なる好奇心だったのか。


「魔物好き。


 お父さんが研究者。


 ボクも魔物の研究したい」


「へぇ……」


 良い仕事だと思う。

 これから魔獣の活用法の幅が広がって魔物の研究をしている人への注目度も上がる。


 実際にそうして稼いだ人もいる。

 しかし光が強くなると闇も強くなる。


 そうした闇に飲み込まれた人もいることもあった。


「どうしてスライムについて調べてる?」


「俺の魔獣がスライムなんだ。


 もっとスライムについて知りたくてな」


「なるほど。


 魔獣について知るって大事」


「だけどこれともう一冊ぐらいしかないんだろ?」


「そう。


 後は謎。


 ボクも調べてみたい」


「うーん……それも良さそうだけどな」


 フィオスを実験対象にするのはちょっとはばかられるけど無理のない範囲で調べてみるのも悪くない。

 今も食べ物の好みとか観察してるようにしてるけどもっと知れたら面白い。


「そういや名前も聞いてないな」


「そうだね!


 ボクはキーケック・オルトンディス。


 君は?」


「俺はジってんだ」


「ジ?


 良い名前!」


 聞く人が聞けば嫌味にも聞こえる言葉だけどニコニコとしているキーケックには嫌味を言っているような態度は見受けられない。


「オルトンディス……」


「ああ、聞いたことないでしょ?


 田舎の小さい貴族。


 それも母方の家名」


「……どういうことか聞いても?」


「お父さんはさっきも言ったけど魔物の研究をしてる。


 ボクはお父さんが大好き。

 だけどあまり家に帰ってこない。


 だから……離縁した。


 ここにはお父さんが貯めたお金で入れてくれたけどお母さんの家名で通ってる」


「そ、そうなのか……」


 聞いていいかと聞いて話してもらったけどあまり聞いちゃいけない話だった気がする。


「お父さんはクトゥワ・ユニダロス。


 中々……会えない」


「ユニダロス?」


「知ってる?」


「魔物学者の……あぁ、なるほどね」


「知ってるんだ!」


 キーケックがジの手を取って顔を寄せる。

 これだけ近づけば分厚いレンズの向こうの目が輝いていることもわかる。


 ジはユニダロスを知っていた。

 ただし、多分クトゥワのことじゃない。


 不遇の魔物研究者と言われている人が過去にいた。

 ジが会ってみたかった人でもあった。


 過去では戦争が終わった後に弱小魔物の利用法の研究が盛んになった。

 その時に膨大な魔物の知識と優れた観察眼でいくつもの魔物の新たな道を生み出したのがユニダロスだ。


 けれど彼はそんなに有名になることもなくこの世を去る。

 若い頃からお金がなかったユニダロスは大きな商会に雇われて研究をしていた。


 給与も少なく一日中研究のために働き詰めだったらしく、せっかく見つけた発見も全て商会の手柄にされてしまった。

 結果ユニダロスはまだまだこれからというところで亡くなる。


 過労か、それとも自らなのかはジも知らないがユニダロスの発見によってさらに大きくなった商会はユニダロス亡き後緩やかに没落していった。

 ユニダロスが発見して特許にしたものまで全て売り払っても首が回り切らずに商会は潰れた。

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