イメージは一目惚れだった5

「魔物と安全に戦うには魔物を知るのが1番です。


 しかし魔物一つ一つを教えていっては時間がいくらあっても足りません。


 そこで広く使える考え方、方法を考えていきましょう」


 ビダーデは黒板に絵を描き始めた。

 四角く囲み、右上に何本かの木を描き真ん中下に白で丸を3つ、真ん中上に赤で丸を3つ描いた。


「白い丸があなたたち、赤い丸が魔物……今回はビッグボアとしましょう。


 実力はビッグボアよりもあなたたちの方がわずかに上ですが対面して戦って無傷にはすみません。


 さて、どう戦いますか?」


 教科書いらねーじゃんと思うユダリカ。


「隣の人とも話し合いながら考えてみましょう」


「そんなの決まってるじゃん」


「へぇ?


 どう戦うつもり?」


「しっかり連携取って戦うんだよ。


 実力はこっちが上なら連携して戦えばいけんだろ?」


「あんたね、そんなんならあんな風に図を描く必要なんてないでしょ?」


「そうだな……あんな感じに接敵しているなら相手も当然こっちを認識しているはずだ。


 ビッグボアなら突っ込んでくるだろうから先に来たやつから倒していくのがいいんじゃないか?」


「はぁ……あんたバカなのね」


「バ……!


 じゃあお前の考えを言ってみろよ!」


「ふん、あんたの考えも悪かないわよ。


 でも前提条件と図を無視しすぎよ」


 ヒディは大きくため息をついた。

 ユダリカの考えを聞いてみたけどあまりに単純すぎる。


 戦いの腕に自信があるからかもしれないがもっとちゃんと考えていかなきゃいけない。


「私なら逃げるわ」


「はぁ?」


「そもそも魔物相手には先手必勝、バレずに近づいて先に攻撃を決められるのが1番よ。


 こんな風にバレバレで出会ってしまったら距離があるうちに退くのがいいわ」


 基本的に魔物は強い。

 人よりも力も強く生命力も高い。


 奇襲ができるのがよくて向こうから先に攻撃されるなんて言語道断である。

 絵の上では実際の縮尺は分からないけどそれなりに距離はある想定だろう。


 なら逃げるのだ。

 逃げて自分の都合のいいタイミングで戦える時にまた狙えばいい。


「それも分かるがどう戦いますかって言ってたろよ?


 どう戦いますか、逃げますって答えになってないだろ」


「戦うことの選択肢に逃げる事は当然含めるべきよ。


 ただどうしても戦うなら……」


「戦うなら?」


「あそこね。


 木があるところに行きましょう」


「なんでだよ?


 木があったら戦いにくいだろ?」


「そうだけど時と場合によるわ」


 ニンマリとヒディは笑う。

 予想通りのリアクション。


「戦いやすい場所を選ぶのは定石だけど今回相手はビッグボアって指定されている。


 速くて強力な突進攻撃が特徴の魔物よ。


 とすると開けたところで迎え撃つよりも邪魔な木がある方が壁にできるわ。

 人にとって邪魔なら魔物にとっても邪魔になるからそれを上手く利用して戦うのよ。


 そうすれば……あっ」


 自慢げに語っていたヒディはハッと我に帰った。

 ヒディの国では女性が力を持つことを良しとされない。


 剣の腕を向上させたり知識を身につけるぐらいなら刺繍の腕でも磨くほうがいいとされる古い価値観が蔓延っている。

 女であるヒディが偉そうに語ってしまい、ユダリカがどんな顔をしているのか不安が襲ってきた。


 黙っていろと言われだけならまだいいが罵倒されたりする可能性だってある。

 アカデミーにきた以上は知識を得ることを止められはしないけど知識を鼻にかけて偉そうにしてしまった。


「お前……」


 何か言われるとヒディは身構える。


「凄いな」


「えっ?」


「よく考えてる。


 俺は浅かったな……なるほど」


 しかしユダリカは女性が引っ込んでいろなんて思った事はない。

 貴族の中にはそのような価値観を持っているものはいるけれど今の時代にそこまで差別的に考える人の方が少ない。


 ユダリカは素直にヒディの考えをさらりと受け入れた。

 物事を単純に考えすぎていた。


 しっかりと木まで描いていたことなんか気にしていなかった。

 邪魔の少ない広い場所で戦うことに囚われていた。


「おやおや〜?」


 ユダリカは黒板に描かれた絵を見てヒディに言われたことを含めて考え直す。

 その横でヒディの顔が赤くなっていることなど気づいていない。


 考えを受け入れ態度を諌めることなく褒めてくれた。

 父親ですらまともに褒めてくれた記憶のなかったヒディは自分の意見を受け入れてもらえたことが嬉しくて、なんだかとても胸がドキドキした。


 正しい意見に耳を傾ける度量もユダリカは持っていた。


「でもこの位置関係だと木のあるところまで行くのはちょっとリスクがあるな」


「そ、そうだね……どうしたらいいかな」


 ガードが堅そうに見えて意外とチョロかったヒディ。

 本当にユダリカが来るまで男性と付き合いがなかったのかもしれないとジは思った。


 ユダリカもヒディも周りに味方と言える人がいない中で結婚して互いに手を取り合うしかなかった。

 けれど諦めずに卵を信じ戦い続けて女性に偏見のなかったユダリカと男尊女卑の価値観が残る小国で自分を捨てなかったヒディは惹かれ合った。


 ジのお節介がどのような結末を迎えるのかは誰にも分からない。


「んじゃこれはどうだ?」


「あんたが死にたいならそうすればいいと思うわよ?」


「ぐっ……お、俺なら死なない!」


「んなもん死んでから言っても遅いからね」


 ちょっと他人に噛みつき気味のユダリカにはこれぐらいしっかりと意見を言えるヒディは合っているかもしれない。


「えいっ」


「……どうした?」


 ジの頬にリンデランの指がぷにっと突き刺さる。


「ちゃんと先生の話について話し合わなきゃダメですよ?」


「ああ、そうするか」

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