卵が孵るには4
ゴロリと転がった卵にピシリとヒビが入った。
縦に大きく雷のように走るヒビを見てユダリカの鼓動がもっと早くなる。
ユダリカには卵しか見えておらず、自分の心臓の音しか聞こえていない。
ヒビが広がっていく。
ゆっくりと卵全体がひび割れていき、みなその場面を固唾を飲んで見守っていた。
「ゼスタリオン……ゼスタリオン!」
ユダリカが己の魔獣の名前を叫んだ。
次の瞬間卵が弾けるように割れ飛び、中から魔獣が飛び出してきた。
大きく翼を広げて天井近くまで飛び上がったそれはゆっくりと回転しながら降りてきた。
「あ……あぁ」
ユダリカが立ち上がり震える手を伸ばした。
生まれ出ようとした体の熱はいつの間にか消え去り、生まれ出たゼスタリオンの喜びとようやく会えたユダリカの喜びが1つになる。
涙でゼスタリオンの姿がちゃんと見えない。
だけど涙でぼやける視界の中で確かに目の前にユダリカの魔獣であるゼスタリオンは存在している。
卵のまま死んだとか使えないとかもう誰にも言わせない。
「ゼスタリオン……はじめましてなのかな……ゼスタリオン……!」
ゼスタリオンがユダリカの胸に飛び込む。
小さいのに意外と力があって堪えきれずに後ろに転がる。
ゼスタリオンがユダリカの頬に頭を擦り付けて親愛を示す。
ワイバーンっていうとイカついイメージだったけど生まれたてワイバーンは両手で抱えられるサイズで可愛い。
ユダリカ、あるいはゼスタリオンにとって必要だったのは安心だった。
卵であるゼスタリオンが孵るために求められたのは安心できる人、安心できる場所だった。
ユダリカには居場所がなかった。
周りに信頼できるような人もおらず自分自身を守り続けるために閉じこもる必要があった。
初めて出来た友達。
そんな友達が信頼している人たち。
見た目はボロボロだけどあったかい家。
そんな家に来てくれてもいいなんてジは言ってくれた。
帰る場所がある。
帰ってもいい家がある。
ようやく卵が孵っても安心できる場所、孵った後も安心していられる場所を手に入れた事でゼスタリオンが殻を破ったのだ。
「良かったな、ユダリカ」
「ありがとう……ありがとう!」
別にここまでの効果は望んでいなかった。
卵が孵る条件は物語で詳細には語られていなかったのでもしかしたらという思いもありつつ期待もしていなかった。
「なんの魔獣ですかね?」
微笑ましい光景。
経緯は分からないけどユダリカの卵状態の魔獣が孵ったことはみんな分かる。
スススとリンデランがジの横に来る。
「ワイバーンだよ」
「ワ、ワイバーンですか?」
ドラゴンなどの種を除けば空の覇者とも言える魔獣。
魔力も多く、魔物単体としても強力である。
「か、可愛いですね……」
そう言われてよくゼスタリオンを見る。
会いたかったユダリカに会えて頬擦りが止まらないゼスタリオンはなんだかワイバーンとは思えない可愛さがあった。
「ただいまー……って何があったんですか?」
そこにユディットが帰ってきた。
大きな箱を抱えたユディットは家の中の状況がわからず不思議そうにしている。
「おっ、悪いね。
さて、ちょっと雰囲気変えようか」
ユディットはこの場に呼んでいないのではなくお使いをお願いしていた。
こうしたことを予想してはいなかったのでこんな感じに使うつもりはなかったけどちょうど良かった。
「はいはい、場所あけてー」
ユディットが箱を開けて中から取り出したのはケーキだった。
食事をしたら次はデザートだろう。
テーブルにユディットがケーキを並べていく。
すると女性陣の目の色が変わる。
「こ、これってまさか……」
「分かるか?
レディーフレマンのケーキだ」
「ウソーーーー!」
「ホントですか!」
「こ、これがレディーフレマンのケーキか……」
女の子たちがキャッキャッと色めき立つ。
訳が分かってないのは男性陣とヒスだった。
ユディットにお使いに行かせていたのはケーキを持ち帰らせるためだった。
ただのケーキではない。
今女性たちの間で話題沸騰であるレディーフレマンという名前のお店のケーキなのである。
予約の取れない高級店であり出されるケーキも特別なのだ。
何が特別なのかというと店内でしか食べられない。
このケーキの特徴はなんといってもクリーム。
口当たりが良く滑らかで程よい甘さのクリームなのであるが大きな弱点を抱えていた。
それが溶けやすいのである。
そのために持ち帰りは許さずクリームが溶けないようにキンキンに冷やされた店内でしか食べることを許されていない。
大きくない店内で予約制で個数も多くない。
寒さに震えてでも食べたい、それがレディーフレマンのケーキ。
リンデランやウルシュナはもちろんエも大神殿の神官の間でレディーフレマンの話は聞いた。
そんなに興味を持っていないと思っていたエだけどあまりにも話を聞くのでそのうちに自分も食べてみたいと思うようになっていた。
平民の下の方のヒスはちょっと噂は届いていなかった。
そんな貴重なケーキがドーンとテーブルに並べられた。
「夫には悪いけど今ならジ君のホッペにキスしちゃうわ」
サーシャも当然レディーフレマンのケーキの噂は知っていた。
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