卵が孵るには5
「ちょっとお願いして作ってもらったんだ」
ちょっとお願いして作ってもらえるなら誰も苦労はしない。
レディーフレマンの店主のレディーフレマンは決して妥協を許さず、クリームが溶けるのを嫌がって王族ですら持ち帰りを許されなかったという噂もある。
なのにジはそんなケーキを持ち帰ってきた。
「俺の感謝は伝わったかな?」
「もちろん!」
「伝わっています!」
「食べてもいいか?」
「エとリンデランはいいぞ、ウルシュナはダメ」
「あっ、ちょ!
伝わってる!
むしろ感謝してるぐらいだって!」
「冗談だ。
みんな好きに食べてくれ」
ワッとケーキに群がる。
「あっ、ウメッ!」
正直甘いものよりまだ肉なライナスだったけど一口食べて目を見開いた。
ライナスも耳にしたことがあったレディーフレマンのケーキ。
何が良くてそんなに騒ぎ立てているのか分からなかったけど分かっていなかったのは自分だった。
みんながワイワイとケーキを食べる中でユダリカに視線を向ける。
ゼスタリオンに何かを話しかけている。
みんなの注目も逸れて落ち着いて魔獣との対面に集中できている。
「ジ君は食べないんですか?」
「ん?
ああ、なら1つぐらいは食べとこうかな」
「はい」
「はい?」
リンデランがフォークを差し出した。
その先にはケーキが乗っていて、下には手を添えてジの口の方に軽く持ってくる。
「あーん、ですよ」
「リ、リンデラン?」
「ほら、クリームが落ちちゃいます!」
「うっ……あーん」
食べ物を無駄にはできない性分。
こぼれ落ちてしまいそうなクリームを前にジは恐る恐る口を開けた。
ニコニコとリンデランはジの口の中にケーキを運んだ。
クリームが口の中に落ちて甘みが広がる。
「あっ、いけない」
口の端をクリームが擦ってしまった。
リンデランは添えていた手でジの口の端についたクリームを拭うとペロリと指を舐めとった。
「アイツ……」
やめてくれ。
そんな怖い目で見られたってジが望んでやっていることではない。
再びしょっぱいものをと料理に手をつけていたパージヴェルがジをすごい顔して睨んでいた。
「あーん」
「私も!
あーん!」
ジがリンデランに食べさせられているのを見ていたタとケもいそいそとジにケーキを差し出す。
「んん……ありがとう」
困惑と微妙に嬉しさの入り混じる感情で双子のケーキを口で受け取る。
「ん!」
「え、エ?」
「ん、食べぇ!」
「わ、分かったよ……」
今度はエ。
顔に押し付けられそうになったケーキをパクリと食べる。
「は、はい、会長!」
別にそんな習慣やルールがあるはずがない。
けれど周りの女の子が次々とジにケーキを食べさせていっているのを見てヒスも自分もやらねばと思った。
すっごい恥ずかしいけど流れに乗った今ならできる。
ここまで受け入れてきてヒスだけダメとも言えない。
顔を真っ赤にするヒスのケーキもいただくけどもうなんか味が分からない。
「うぅ……」
「ウルシュナまで……」
「な、なんだよ!
私のケーキは食えないってか!」
「違うよ、いただくよ……」
サーシャに背中を小突かれてみんなやった風にしとけば大丈夫だろうと気配を消していたウルシュナも前に出てきた。
ヤケクソな感じにフォークを差し出す。
残ってたケーキにブッ刺して差し出したのでちょっとデカい。
大きく口を開けてケーキを食べる。
ウルシュナのためにもさっさと食べてやるのがいいだろうと思った。
「オラ!
最後は男だ!」
羨ましくて悔しい。
このままジにいい気分で終わらせてたまるかとライナスがフォークをジに差し出す。
「いや、お断りを」
「させるか、口を開けぇ!」
「むぐっ!」
「どーだぁ!」
「いやまあ、美味いけど……」
「そーじゃねえよ!」
なんか余裕なのが腹が立つ。
「ジ!
俺のも食べてくれ!」
「意味わかんねえよ!」
さらに流れに乗り、お礼のチャンスだとユダリカもケーキをジに食べさせようとする。
「やっぱり俺のは……」
「あー、食べるって!」
しゅんとなるユダリカ。
もうとっくにケーキ一個分の分量は超えて食べている。
「もう一口どうぞ」
なぜかユダリカから二口。
ユダリカとゼスタリオンの分で2回なのだ。
「んぶっ!
ちょ……ナニ!?」
ジの視界が突然真っ暗になった。
「ゼスタリオン!
何してるんだ!」
何が起きたのか分かっていないジ。
外から見ると理由は単純でジの顔にゼスタリオンが張り付いていた。
卵の中にいたとはいえゼスタリオンもある程度は外のことを分かっている。
ジが色々助けてくれたことも分かっているので感謝として引っ付いていた。
ユダリカに引き剥がされるゼスタリオン。
実は出してもらっていてテーブルでこっそりと料理を食べていたフィオスが慌てたようにジのところに来た。
ゼスタリオンはフィオスの前に座るとなぜか小さくなってしょんぼりしている。
まるでゼスタリオンがフィオスに怒られているみたいだ。
「ご、ごめんなさい……」
「ま、出てこられて嬉しいんだろ」
ビックリしただけで怒っちゃいない。
「魔獣同士も仲良くしてるみたいだしな」
怒られてた感は一瞬で気付けば今度はフィオスがゼスタリオンの背中に乗って軽く室内を飛び回っていた。
なんか分からないけどフィオス魔獣と仲良くなるの上手いな。
そしてこのわちゃわちゃ感。
過去にはなかった、バカみたいなことして、バカみたいに笑えるそんな楽しい集まり。
「やめろ、ユディット」
「ええっ!?」
次は自分だなとフォークを構えるユディット。
もうお腹いっぱい、胸いっぱいだった。
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