卵が孵るには2

 けれどジは笑ってみせる。


「そんな顔しないでほしい。


 前はそんな日なんて特に気にしてなかったけど今は逆にありがたいと思ってるんだ」


「ありがたい……って?」


 苦々しい顔をするエ。

 エにとっては捨てられた日のことは忘れ去りたい嫌な記憶である。


「俺はもしかしたら貴族の子供だったかもしれないし平民でくわでも振るっていたかもしれない。

 あるいは親も貧民で生まれながらの貧民エリートかもしれない。


 でもそんなの分からないんだ。


 そして分からなくていいんだ。


 今日は俺、貧民のジが生まれた日なんだ。

 過去なんて知らない。


 今ここにいる俺がその日に生まれた、誕生日だ」


 もしかしたらジではない名前もあったのかもしれない。

 実の親から受けた何か意味でも与えられた名前が。


 しかし今ここにいるのは貧民で、実の親のことも知らないジという名前を与えられた男の子。

 捨てられて拾われたこの日はある意味でジという存在が生まれた日なのだ。


「俺を俺として見てくれる。


 貧民でも子供でもなくジとして見てくれる人たちに出会えたジはとても幸せだ」


 みんながウルっときている。

 こんな演説かますつもりじゃなくてただちょっとありがとうって言ってなんか食べるつもりだったのにな。


 言い出したら止まらなかったや。


「これまでそんなこと思えなかったし、お祝いする余裕もなかった。


 誘う人もいなかったけど今は違うからね」


 無駄な散財はするもんじゃないけどたまにゃお金を使うのもいいだろう。


「誕生日会じゃないけどありがとう会みたいなもんだよ。


 俺は貧民のジだ。

 どこにいようとどうなろうと俺は変わらないけどここが俺を俺にしてくれた。


 みんなが俺を俺にしてくれた。


 ありがとう……みんな」


 ただ、違う。

 こんな恥ずかしいことやりたかったのではないんだけどな。


「ゔっ……ふっ……」


 感動的な雰囲気の中パージヴェル号泣。

 孫娘を付け狙ういけすかない子供だけど年にはふさわしくないほどに色々考えながら子供っぽく可愛げのあることをする。


 年を取ると涙脆くなっていけない。

 元々ストレートな熱い思いに弱いパージヴェルだけどジが素直に伝えた言葉に感動してしまった。


 この中でも年長者であるし泣くのは違うと分かっているがそう思って堪えれば堪えるほど嗚咽してしまう。

 他人が自分以上に泣いていると涙が引っ込んでしまうものだ。


 泣きかけていたリンデランは思わぬ祖父の号泣に涙が引っ込んでしまった。


「まあジがあるのは俺のおかげだからな!」


 泣きそうなのを誤魔化すようにライナスがジの肩に手を回した。


「俺もお前がいてくれて感謝してるよ」


 ライナスの前にはいつもジがいてくれる。

 貧民街で生きていくことは楽なことじゃない。


 ライナスも腐って悪いことをしようとした時があった。

 そんな時でもジはライナスを諌めて貧民街にありながら真っ直ぐに歩んでいた。


 ビクシムと出会って弟子になることができたのもジのおかげであるし感謝するなら自分の方だと思わざるを得ない。


「タとケ、お願い」


「はーい」


「おまちどさまー」


 この場にタとケの双子がいないなんて当然あり得ない。

 だけど2人にはちょっとばかりお仕事をお願いした。


 食事会目的なので食事がなきゃ始まらない。

 一応出来合いのもので買ってきたものもあるけどメインはやっぱり出来立てが美味いだろう。


 双子ちゃんの今日の役割は食事会のメインシェフである。

 ちゃんと食堂の女将さんも本日限定で雇わせてもらっているけどメインはあくまでタとケだ。


 2人が大きな皿に乗せられた料理を持ってくる。

 非常にいい匂いがして食欲が刺激される。


「あら、美味しそうね」


 貴族のみんなは初めて見るような料理に興味津々だ。

 貴族的な料理と大衆食堂で出てくる料理では全く違っている。


 そんな料理の中でもエやヒスはもう目をつけているものがある。

 今回特別にお願いするにあたってある料理もお願いしていた。


 そう、あのお肉の煮込みである。

 2人の目はお肉の煮込みに釘付けになっている。


「これは俺主催の貧民のパーティーだ。


 マナーも気にしなくていいし小うるさく指摘する奴もいない。

 好きに食べてくれ」


 そうして始まる食事会。

 テーブルに運ばれてきて、とは少し違う食事にリンデランやウルシュナは困惑していた。


 逆に戦場に出たりしていたパージヴェルは細かいことを気にしなくてもいいので気楽に考え、サーシャも普通に食べ始めていた。

 エとヒスはお肉の煮込みをサッと確保していて、知っているグルゼイも同様にお肉の煮込みを取っていた。


 オランゼはガッチガチになっているしライナスもどうしたらいいのか分からなくてとりあえずエの取ったものを後追いしている。


 最初こそよそよそしい感じの雰囲気だったが子供ってのは適応も早い。

 前にも会ったメンバーだし美味しいものがあれば女の子たちはヒスも含めて打ち解けていった。


 ときどーきエとリンデランの雰囲気が悪くなることが前にあったりしたけど基本は別にソリが合わないこともなさそうだった。


「どうした、ユダリカ」


「……何かさ俺だけ場違いな気がして」


 ちょっと元気のないユダリカ。

 なんだろうとジが近づいて話を聞く。

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