卵が孵るには1

 貧民街一安全な場所と呼ばれているのはジの家周辺である。

 グルゼイを始めとしてリアーネやユディットが家の警備に目を光らせている。


 安全だと言われ始めて子供が周辺で活動をしているので善良な大人もそこらでは怪しいものを警戒している。

 そしてジの存在。


 貴族との繋がりがプンプンに匂っていて、手を出すにも貴族を敵に回したい人なんていない。

 ジそのものが有名になってきたことで手も出しにくくなり、ジの家の周辺一帯は下手な平民街よりも安全なのである。


 そんな注目度も高い場所であるジの家は今かなり注目されている。


「お招きにあずかり光栄ね」


「来たぞー」


「俺たちのような貴族を呼びつけられる貧民など他にはいないだろうな」


「ジ君、お招きくださりありがとうございます!」


「お、おいっ!


 ちょ、何でこんな人たちがいるんだよ!」


 ジの家の前に止まる2台の豪華な馬車。

 ゼレンティガムとヘギウスの家紋が入ったもので、中からウルシュナとサーシャ、パージヴェルとリンデランが降りてきた。


 ジに朝から連れてこられたユダリカはまさかの人の登場に驚いている。

 確かに前に親しそうにはしていた気はするけどあの時はすぐに席を立ってしまったので本当のところどうだったのか確認はできていない。


 何かちょっと家にお呼ばれされるぐらいに考えていたのに親同伴で四大貴族が来るなんて聞いてない。

 それでよく大層なことがないなんて言ったもんだ。


「別にお堅いパーティーでもないからな。


 ちょっと飲み食いする食事会みたいなもんだ」


「ええ……」


 ちょっと飲み食いするだけのパーティーに貴族ご招待ってなんなんだと思う。

 リンデランはジに軽くハグをして頬にキスをする。


 親しい人にやる貴族的挨拶。

 パージヴェルの目が怖いけどご挨拶を拒否するわけにもいかない。


「しかしあれは何だ?」


 ジの家の前には他にも馬車が停めてあるがパージヴェルが言いたいのはそのことではない。

 ジの家の前の道のど真ん中に突き刺さる金属の塊について聞いたのだ。


 何だあれはと思うし、同時にあんなものどうやって運んできたんだと思う。

 のっぺりとした細長い金属の塊は非常に重量がありそうでパージヴェルも腰の犠牲を覚悟しなきゃ持ち上げられもしなさそうだ。


 それはアダマンタイトの剣の失敗作であった。

 朝食みたいなもんでフィオスが毎朝少しずつ食べてるのだけど今は持ち手が完全になくなって何だったかも分からなくなっている。


「あれはフィオスのご飯ですよ」


 おそらくパージヴェルの聞きたいことの答えにはなってないけどジのすることに一々口を出していてはキリがない。

 答えをぼかしたのなら答えたくないか面倒なんだろうとパージヴェルは横目で確認しただけで終わりにした。


 きっと下働きの使用人の家よりもボロボロのジの家にみんなを招き入れる。


「んん、中は思っていたよりも温かいな」


 季節柄寒さが厳しくなってきた。

 比較的温暖な首都では見た目に変化はさほどないけどもっと北の方に行けば雪がちらつき始める時期になっていた。


 隙間風吹き荒ぶあばら屋では寒さも厳しかろうと思っていたパージヴェルだが中は思っていたよりも温かかった。

 小さい暖炉はあるけど入ったところから温さがふわりと頬を撫でた。


「へっ……えっ!?」


 中にはすでに他の招待客がいた。

 と言っても特に呼んだのはオランゼぐらいで、あとはエやライナス、従業員のニックスやワ、メリッサ、それに新入りのヒス。


 グルゼイは元よりここに住んでいる。

 ただこんなに人が集まると家の中はいっぱいいっぱいだ。


 入ってきた人を見てオランゼが飛び上がるように立ち上がった。

 以前にも会ったことがあるのだ、顔を忘れるはずがない。


 何かの間違いかとジの方を見るが適当にくつろいでくれなんて言っている。

 バカ、お前、不敬に思われたら首が飛ぶぞ!とオランゼの顔が青くなる。


 けれどパージヴェルやサーシャも不快に思った様子もない。

 少しの配慮か新しめのイスを差し出してそれに座る。


「うん、お揃いだね」


 正直パージヴェルやサーシャが来るのは意外だった。

 リップサービスで来たければどうぞ言ったけど本当に来るとは思いもよらなかった。


「ゴホン……今日来てもらったのはなんて言うのかな、お祝いかな」


「お祝いですか?


 もしかして今日……お誕生日とかでした?」


 なら何も持ってきてない!

 言ってくれれば何か用意したのにとリンデランは思う。


「うーん、誕生日とはちょっと違うかな?


 似たようなものだけどね」


「そうなんですか?」


「じゃあなんだよ?」


 ライナスも首を傾げる。

 誕生日もこれまで祝ったことなんてないし、ジの誕生日も知らない。


 過去に他にこの時期にお祝いしたこともないのでライナスやエも不思議そうにしている。


「今日はな、俺が貧民街に捨てられた日なんだ」


 どんな幸せな日だろうとワクワクしていたリンデランの表情が凍りつく。

 いや、みんなの顔が凍りついている。


 そりゃそうだ、貧民街に捨てられた日なんて悲しくて嫌な日のはずで、その日をお祝いしようなんて意味が分からない。

 

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