殻を破れ5

「そうか、じゃあ、ジ」


「名前呼ぶだけでそんな固くなることないだろ?」


「くぅ……ごめん」


「謝ることもないって」


 長らく同年代の友達なんていなかったユダリカ。

 大人っぽく振る舞うことはそれなりに出来ても同年代の子と近づくにはどうしたらいいのか分からなくなった。


「そうだな。


 俺は……お礼が言いたくてお前、ジく……ジを待ってたんだ」


 しどろもどろだなと思うけどここで茶化してはこれまでの努力が無にきしてしまうので静かに聞いてやる。

 深呼吸を繰り返して落ち着こうとするユダリカだけどそんな様子も微笑ましく思える。


 嫌な奴は無視すればいいだけで感謝すべきことには一言お礼を言えばいい。

 なのにどうして一言言うだけのことが無視するのと同じくサラリとできないのだ。


 緊張する。

 あとは怖い。


 これまで特に話してこなかったけどジの人柄は少しだけは分かっている。

 お礼を言って、素直にそれを受け取ってくれる人だと分かっているのにどんなリアクションされるのか心のどこかで怖がっている。


「ありがとう!


 あとはごめん!」


 ユダリカは勢いよく頭を下げる。

 お礼とこれまでの失礼な態度についてこの際だしまとめて謝っておく。


 頭を下げているのでジの表情が確認できない。

 貴族が貧民に頭を下げることにどんな思いを抱いているのか、顔を上げるのが恐ろしい。


「嬉しいもんだな」


 馬鹿にされているのかとパッと思った。

 貴族が頭を下げるのが面白いのか。


 そう思って顔を上げるとジはニコニコしていた。

 ユダリカを馬鹿にしたような笑みではなくて本当に嬉しそうで一瞬で毒気を抜かれた。


 これまで全く懐かなかった獣が急に懐いてくれたような。

 まだ警戒はされているけど無闇に噛みついてくることはないなと思える嬉しさがあった。


 ニンマリとするジに苛立ちを覚えなくもないユダリカだけど尊大な態度になったり馬鹿にしたりしなくて安心もした。


「そうだな……ユダリカが恥ずかしい思いに耐えたんだ、俺も少し耐えようか」


「ん?」


「俺と友達になってくれないか?」


 この喜びで恥ずかしさを覆い隠してジはストレートに告げる。

 今時友達になってくれって言って友達になる人の方が少ないことは分かっている。


 でもどこから友達でどうやって友達になるのか分からない。

 ユダリカの方もわかっていなさそうだし機会を逃せばふわふわとした関係になってしまうと思った。


 軽く手を差し出すジ。

 ジの手と顔を見比べるように視線を行ったり来たりさせるユダリカ。


 緊張して卵を持っている手に汗をかいてしまっている。

 ユダリカは服でゴシゴシと手を拭く。


 そんなにする必要もないので結構強めに手を擦るユダリカに成功を確信していたジは見た。


 (あれは……先生じゃない)


 中庭に黒いクロークを羽織った大人の2人組がやってきた。

 冷たい目をして中庭を見回すその様が目について気になった。


 なんだか嫌な予感がした。

 男の1人がジの方を見た。


 違う。

 見たのはユダリカだ。


「よ、よろしく……」


「逃げるぞ!」


 差し出された手に応じようとしたユダリカの手を取ってジが走り出した。

 こんな時の感覚は大切にしなきゃいけない。


 良い予感が当たらないことはあっても嫌な予感ってやつは外れない。


「いたぞ!」


「おいっ、逃げるぞ!」


「追いかけろ!」


 一瞬で中庭に緊張感が走る。

 

「な、なんだよ!」


「いいから走れ!


 エスタール!」


 ジにも分かっていない。

 だけど逃げ出したジとユダリカを男たちは追いかけてきていた。


 ジがアカデミーにいると知っている人は極端に少ない。

 となると追いかけられているのは多分ユダリカの方だ。


「……逃げろ、ユダリカ!」


 大人と子供の足では速さが違う。

 男たちもしっかり訓練された人たちのようで街中のゴロツキよりもしっかりしている。


 このままでは容易く追いつかれてしまう。

 ユダリカの手を離してジは立ち止まって振り返る。


「フィオス、ソードモードだ」


 ジはフィオスを剣にする。


 だいぶ慣れたもので、その上フィオスはアダマンタイトを取り込んでいてより硬く変化できるようになっていた。


「ユダリカ、早く行け!


 そして誰か呼んできてくれ」


「え……」


「いいから!」


 誰か早く呼んでこなきゃいけない。

 しかし異常な事態に思考がまともに働いていないユダリカは動けない。


 こんな時に経験の少ない子供だと戦うことも逃げることも咄嗟に判断できない。


「ほぅ」


 子供相手ぐらい1人で出来る。

 そう思って剣を抜いたが思いの外に鋭いジの剣筋に男が驚く。


「……クッ…………ウッ!」


 子供相手でも油断はしない。

 男がジに切りかかる。


 切るというよりも押し付けるようにして切りつけてきた。

 不思議なやり方だと思ったら後ろからもう1人の男が出てきてジに槍を突き出した。


 下がりながらなんとか突きを防ぐジ。

 しかし最初に切りつけてきた男が素早くジと距離を詰めるとジの腹を蹴り飛ばした。


「ジ!」


 わざとだった。

 ジが受け流したり容易に回避したりできないように力の劣るジに押し付けるように剣を当てて動きを制限した。


 そして後ろの男がジを追撃し、それでもダメならさらに前の男が決める。

 子供相手に大人がやるとは信じられない連携。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る