殻を破れ2

「いきなり出てきてお前なんなんだよ!」


「それしか言えないのか?


 大勢で取り囲んで弱い者いじめして楽しいかよ?


 ユダリカが殴れないなら俺がお前のことぶん殴ってやるよ」


「……ふ、ふん!


 やれるならやってみろよ!」


「な、お前卑怯だぞ!


 おい……お前は関係ないんだからどっか行けよ!」


 名前を呼ぼうとしてジの名前すら知らないことにユダリカは気がついた。

 少年はニヤリと笑って腰に差していた剣を抜いた。


 基本的に帯剣することはダメなのだけど授業のためとかなら剣を持っていても許される。

 しかし授業以外のところで抜くのは禁止されている。


 まして人に向けるなんてことは言語道断。

 それなのに少年はジに切っ先を向けて勝ち誇ったような表情をしている。


 当然ながらジは丸腰。

 剣なんて持っていないので対抗できる手段がない。


「やってみろよ」


「は、えっ?」


 ジは前に出る。

 少年の剣の先が前に出たジの喉元に突きつけられる形になる。


 驚いて少年の方が剣を引く。

 人を切る覚悟もないのに容易く剣を抜くのは愚かなことだ。


 なんの感情も読めない目を向けられて少年はひどく動揺する。


「く、来るなぁ!」


 底知れぬ恐怖を感じた。

 錯乱したように少年は剣を振り上げた。


 ユダリカは目をつぶった。

 自分のせいで関係のない奴がケガをする。


 丸腰でなんの対応策もなければもしかしたら切られて、そのまま……なんて考えが浮かぶ。


「おやめなさい!」


 凛とした年配女性の声が聞こえた。


 ユダリカがそっと目を開けるとジは微動だにしていなかった。

 しかし少年の剣は振り下ろした体勢で止められていた。


 少年の体を薄く水が包み込み動きを止めていたのである。

 頭以外を覆う水は非常に薄いのに少年の体は動かそうとしても全く動かない。


「神聖なる学び舎でなんということですか!」


 少年の後ろにはオロネアがいた。

 わずかに眉を寄せ怒っているようにも悩んでいるようにも見える表情をしている。


 少年にも耳は聞こえているのでオロネアだと分かっていなくても大人が来たことは分かっている。

 まさかそれがオロネアだとは思いもしないだろうが。


「ち、違うんです!」


「今はあなたが話す時間ではありません!」


 何とかこの状況を誤魔化さねばならないと口を開いた少年だがピシャリと叱責される。


「な、何事ですか!」


 他の先生たちも駆けつける。

 顔を殴られて気を失う取り巻き少年たちとオロネアの魔法で拘束された少年、それに一部の先生は知っているダンジョンをクリアした少年と卵を大事そうに抱えた少年。


 状況が分からなくてみんな困惑している。


「何があったのですか……?」


「こちらの子がそちらの子を剣で切ろうとしていました」


「な、なんですと!」


 教師たちがざわめく。

 少年の体勢を見ればある程度予想はつくけれどまさか本当にそんなことしようとしなんて信じられない。


 アカデミーの中でもトップクラスの禁止事項。

 勝手に不必要なところで剣を抜くのもとても怒られるぐらいでまして人に向けたら懲罰対象だ。


 そして人に向けて振れば退学も想定される。

 仮に当たらなかったとしてもだ。


 オロネアが指を鳴らすと水がサッとなくなり少年が自由になる。

 振り返るとそこに冷たい顔をするオロネアがいて全ての言い訳が吹き飛んでしまう。


 気絶した少年たちも含めてジたちは全員別々の場所に連れていかれた。


「全く……何をしているのですか?」


 ジは例によって学長室に連れていかれて、話を聞くのもオロネアだった。

 これも男の子の親の苦労かもしれないなんてちょっと思いながらも悪いことをしていたなら叱るつもりではいた。


 アカデミーは中に入れば生徒たちは皆平等公平である。

 例えジでもジが悪いのなら責任はある。


 ジは起きたことを説明する。

 少年たちがユダリカを取り囲んで罵倒し、暴力を振るい、卵を奪い去ろうとしたことを。


 ついでに会話を聞いた感じで受けた印象も吹き込んでおく。


「それが本当なら由々しき事態ですね……」


 オロネアは険しい顔をしていた。

 ジのいうことが本当ならちゃんと調べなきゃいけない。


「ですが公平がこのアカデミーの信条ですからね。


 他の子の話も聞いてから決めましょう。


 特別顧問の話も聞いておいた方がいいかもしれませんね」


「特別顧問?」


「あなたも良く知っている、アカデミーに精通したあの子ですよ」


「……ああ、あいつですか。


 良くは知りませんよ」


「この話の結論がどうなるかはまだ分かりませんが少なくともあの子があなたに剣を振り下ろしたのは私がこの目で見ました。


 その責任は取ることになるでしょう」


 ジは告げた。

 アカデミーに特定の生徒に肩入れする教師がいる可能性があると。


 あの少年とユダリカのいさかいは今回が初めてではなかった。

 なのにオロネアは前回の件について知らなかった。


 そして少年はユダリカの家の事情を知っていた。

 話しぶりからするとおそらく家から伝えられた話、手紙か何かの内容を知っていたと思われる。


 少年がユダリカがアカデミーで何かをすると退学にされて居場所が無くなることと家から言われたことを知っていた理由は誰かが伝えたからに違いない。

 アカデミーでは過去にあった事件の影響から手紙などは緊急性がない限り内容を確かめる。


 つまり少年が内容を知っていたのは手紙を確かめた誰かが伝えた、そしてユダリカと少年のいさかいについて情報を上げなかった人物がいた可能性があるのだ。

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