弱小魔物でも6

「なるほどです……」


「ミュシュタルのお腹にそんな力が……」


 聞いて納得できる能力ではある。


「ですけどどうして会長はそのようなことをお知りに?


 クモの糸についてもそうですが普通の人なら知らないこと、知らない使い道なのに」


「え?


 あ、ああ……それは……」


 いつか誰かが聞くだろうと思った質問。

 これまでも疑問に思った人がいただろうけど誰も口にしてこなかった。


 ジはその年齢の子供にしては物を知り過ぎている。

 メリッサはそのまで深く問い詰めるつもりもなく思った通りに口に出しただけだったけど、いざその質問をされてジは動揺してしまった。


「貧民街には変な人が集まるからな。


 どっかで酔っぱらったオヤジが言ってたんだよ」


「こんな世紀の発見なのにですか?」


「例え世紀の発見でも貧民街にいる酔っ払いオヤジの話を誰が信じる?


 金も権力もなければ自分で何かを出来る力もないんだ」


 知らんオッサンに聞いた。

 万能な言い訳で深く突っ込まれて答えられなくてもしょうがなくある。


「すごい考えだと分かっていても実現できないし、相手がガキだと覚えちゃいないと思ってたんだろうな。


 ただちょっとだけ俺は記憶力が良かったんだ」


「ううむ……」


 完全に納得したとは言い難い。

 けどそれ以上説明できませんと言われたらそれまでだ。


 知らないおじさんに聞きましたでは検証のしようもない。

 確かにジは年齢にしては頭が良いのでどこかで聞いた話を覚えていても不思議ではない。


「何はともあれファイヤーリザードの体液を商品として開発しようと思ってるんだ」

 

 これも当面は貴族向けになるかもしれないけれど最終的に目標としているのは貧民街だった。


「パッと思いつくのは家かな。


 燃えにくい家。

 貴族が喜びそうじゃない?」


 ただジはこの燃えにくい家を貧民街に波及させたいと考えていた。

 過去戦争においてジのいる貧民街は火事によって全焼した。


 古い木造家屋が立ち並ぶ貧民街はよく燃え、貧民街が故に後回しにされてただの焼け野原になった。

 住む家も家に置いておいたわずかな物すら全て燃え尽きたあの時は立ち直れないほどのショックを受けたものだった。


 その時もエは住む家がないなら来るといいと誘ってくれたな。


「ただの防火効果だけじゃない。


 断熱効果も押し出して作ろうとしているんだ」


「断熱効果……ですか」


「そう、だからそれを考えた時俺が考えたベストは……」


「ベストは……?」


「馬車の再加工だ」


「さ、再加工?」


「馬車は外を走行するからな。


 魔物や……あるいは人に襲われることもある。


 馬車を止めるのにも火は有効だし魔物と戦う時にもよく使われる。

 断熱効果で馬車の中を快適に保てて、燃えにくくなる加工ができるなら注文が殺到すること間違いなし!」


 フィオス商会の馬車無しには生きられなくしてやる。

 それぐらいの大きいんだか小さいんだか分からない野望をジは抱えていた。


「な、なるほど」


「その上ファイヤーリザードの体液には致命的な弱点であり利点でもある点があるんだ」


「弱点でもあり利点でもあること?」


「ファイヤーリザードの体液の効果は永久に保つものじゃないんだ。


 長くて3年ぐらいしか効果な保たないんだけど裏を返せば定期的に再加工をする必要性が出るってことさ」


「……なるほど!」


 馬車は基本的に買い切りで不具合が出たらメンテナンスするぐらいである。

 しかしジの馬車は他のものと違う。


 クモノイタを使って揺れを抑制しているのだけどどれぐらいで劣化してきて交換が必要なのか実は分かっていないのだ。

 定期的にメンテナンスしてくださいねとは言っているけど実際に使ってみないことには劣化具合など分からない。


 過去にそんなクモノイタの劣化具合の話なんて聞かなかったのでジも知らないのだ。

 ただファイヤーリザードの体液については劣化することを知っている。


 そこでジは考えたのだ。

 馬車に使ってしまえばいいと。


 こうするとさまざまな効果を見込める。

 売った馬車の加工料を得られる、さらに馬車の価値が高まる、ついでにファイヤーリザードの体液の効果期限による定期的な再加工、再加工時にクモノイタの劣化チェックも行える。


 馬車による定期収入と馬車の大きな不具合を防ぐことができるのである。


「……大丈夫か?」


「は、はいぃぃ……」


 ヒスは目を回していた。

 ジの話にメリッサはついてきていてウンウンと目を輝かして聞いている。


 けれどヒスは特にお勉強もしていないただの女の子である。

 ジが言っていることの理解に追いつけず、ミュシュタルが心配そうにヒスの足を鼻先で突いていた。


「ただ細かいとこは分かんないんだよねぇ」


 これはクモの糸の時と同じ。

 生産方法もどのように使えばいいのかも実はハッキリしていない。


 トカゲの腹から体液取って塗りゃいいなんて口で言うのは簡単だけど例えば原液そのままなのか薄めるのかとか、厚めに塗るのか薄めに塗るのかとかそうした細かいところは手探り状態。

 だからクモの時と同じく色々試してもらう必要がある。


 クモの時は3人いたから試すのも早かったし糸の生産はクモにとって朝飯前だから良かったけどファイヤーリザードはミュシュタル1匹だけ。


「ミュシュタルにとっては大変かもしれないけどこれはこの先大事なことなんだ」


「……分かりました。


 何をしたらいいのかまだイマイチですけど……期待してくれるなら頑張りたいと思います、会長!」


「まあうちの商会は無理せずのんびりとでいいから。


 頑張りすぎて体壊さないようにやってこ。


 他のファイヤーリザードも探してみるからさ」


 ヒスは知らない。

 これからやろうとしていることが過去にどんな意味を持っていたか。


 そしてこれからどんな意味を持ちうるのかを。


「ミュシュタル……やりますよ!


 私たちは役立たずなんかじゃないんです!」

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