ドラゴンって意外とキレイに見える2

 ひどく甲高い音がしてドラゴンの足と当たった剣が弾かれた。

 鱗の一枚も傷つけることができない。


 圧倒的な強者の咆哮が呼び起こした恐怖を振り払ったところまではよかったもののユディットの剣の振りも本来のものとはほど遠いものであった。


 驚愕の表情を浮かべたユディットの上にドラゴンが足を振り下ろした。


「ユ……ユディットーーーー!」


 ジが叫び、みんながハッと息を飲む。

 潰れたユディットを誰もが想像したがゆっくりと上げられた。


「い、いない……」


 一瞬で1人を失った。


「全員ばらけろ!」


 ジは声に魔力を乗せて叫ぶ。

 まとまっていては良い的になってしまう。


 ジの声で恐怖を克服はできなくても凍りついたように動かない体は動くようになった。

 ライナスとエが左に、リンデランとウルシュナが右に走る。


「どうすんだよ、あんなの!」


「知るかよバカ!」


 どんな策略だろうと、知恵をめぐらそうとも圧倒的な力の前には敵わないことがある。

 今目の前にあるのは圧倒的な相手。


 みんなの才能を考えると10年、20年後ならドラゴンにだって傷を負わせるぐらいのことはできるかもしれない。


 ただ今日は、この今この時は子供である。

 たとえ実力を出しきれていなくてもユディットの持つ剣は魔法剣であり、素人が扱ったって容易く魔物を切り裂ける。


 ユディットの剣すら通じなかったのにドラゴンに通じる手段がジにあるものか。


「……動かない?」


 次に攻撃が来た時にどうするか考えていたジだったが、ドラゴンは動かなかった。

 正面に立つジを黙して見下ろしたままピクリともしない。


「エ、とりあえずそこから魔法で攻撃してみてくれ!」


「ええっ!?


 わ、私の方に来ないよね?」


「知らん」


「ちょ……あんた責任取りなさいよ!」


「そん時はライナス盾にしてこっち逃げてこい」


「えっ!」


「分かった!」


「えええっ、エさん、冗談……じゃないのね」


 ただエが攻撃してもドラゴンは動かないだろうとジは思っていた。


 エが小さい火の玉を浮かび上がらせてドラゴンに放つ。

 ドラゴンに当たってぼんと小さく爆発するが相変わらずドラゴンは動かず、エの方を向きはしない。


 ある程度近づかなきゃ動かないのか、それともその場から動けないのか。

 どちらにしても今すぐに攻撃してくる様子はない。


 距離があっても攻撃する手段を持つはずなのにそうしてもこないので距離を保っている間は襲いかかってこないことが分かる。


「みんなその場を動かないで!」


 ユディットが接近したのにまた止まっているということはおそらく範囲内に入っている時だけドラゴンは動くのだとジは推測した。

 すぐに逃げられるようにと心構えしつつ一歩ずつ前に進んでいく。


「ここだ!」


 ピクリとドラゴンの頭が動いて、ジは素早く後ろに下がる。

 同じことを2回繰り返して完全にここがラインだというところを見つけた。


 見ると白い床にうっすらと模様のようなものが入っていて、目に見えるラインとして存在している。


「ここまでなら出てもドラゴンは動かないぞ!」


「いいけどその肝心のドラゴンどうするのよー?」


「どうすんだよー」


「俺にばっか聞くんじゃなくてお前らも頭を使えよ!」


「それはリーダーであるジの仕事だかんね」


「そうだそうだー!」


「お前らー!」


 ウルシュナ、ライナスコンビはこの状況を打破する考えを出すつもりはなさそうである。

 こんな時だけリーダーであることを担ぎ出してきやがって。


「わ、私は考えてますよ!」


「うーん、考えてるけどわっかんないや!」


 リンデランとエは考えてくれているみたいだけどジにも思いつかないのだ、2人にもなかなか荷が重い。

 とりあえずラインから少し離れてどうすればクリアになるのかを考える。


 ドラゴンを倒せなど明らかに過分すぎる課題となる。

 となれば倒さずに何かでクリアになる方法があるはず。

 

「はははっ、頭が良いねー!


 でもそれじゃあズルだよ!」


「な、なんだ!」


 声が聞こえてきて地面が揺れる。


「ジ君、壁が!」


「壁……うへっ!」


 揺れ続ける地面に何が起きているのか分からなかったがリンデランが気づいた。

 いつの間にか入り口は無くなり、丸い部屋の壁がゆっくりと狭まって迫ってきている。


「ウソだろ!


 マジでアイツぶっ飛ばしてやっかんな!」


 ジの中で不思議な少年に対するヘイトばかりが募っていく。


「このままだと壁押されてドラゴン動き出しちまうぞ!」


「分かってる!


 考えろ……考えるんだ……


 フィオス……」


 ジは剣を鞘に収めてフィオスを呼び出す。


 抱きしめるようにしながら口に当てる。

 最近時々やるジの考える時のクセになりつつある行動。


 フィオスのひんやり感と体にフィットする柔らかな感触に身を委ねて思考の波に潜っていくのだ。

 もうここから逃げ出すこともできない。


 あんな巨大で強靭なドラゴン相手に何が出来るか。


 壁はドンドンと迫っていき、エが振り返るとラインまでの猶予がなくなってきていた。


「チッ!


 おりゃあああ!」


 ライナスの足掻き。

 壁に体を押し付けて止められないか試みるが一切壁に変化はなく、同じ速度でジたちをラインの内側に押し入れようとする。


「フィオス……あれ…………」


 ジが顔を上げた。

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