過去が見せる悪夢2

 空間が割れた。

 周り全ての景色がガラスのように割れて落ちて、真っ黒な空間になる。


「くだらない!」


 そして目の前に立つのはそれもまたジ。

 何も持たない憐れな最後を迎えた老人をジはフィオスで切り裂いた。


 ゆらりと姿が揺れて消えていく。


 言われたことは本当になるかもしれない。

 何も変わらないかもしれないし、何も変えられないかもしれない。


 全てを投げ出して逃げたくなる時もあるし、いつこれが夢だったのかと目覚める瞬間が怖くてたまらない。


 それでも逃げないと心に決めたからは戦う。

 逃げずに向き合うと誓った。


 戦って、向き合ったら分かったのだ。

 ジが怖いと思っていたもの、逃げていたものは全部自分が生み出していたものなのだと。


「ごめんね……」


「謝ることはないさ。


 許さないから」


 先ほどまでジが立っていたところに申し訳なさそうな顔をする不思議な少年が立っていた。

 開口一番に謝罪を口にしたけれどそんなことでジの気が治まるはずがない。


「うっ……ただちょっと君のことが気になって……」


「気になって何だ?


 精神崩壊でもさせようとしたのか?」


「ち、違うよ!


 ただ少しだけ君の過去を覗いてみたくて」


「どっちにしろ趣味は悪いな」


「うっ……そうだね……」


「なんであんな悪夢みたいなもんを見させた?」


「悪夢は過去だから……」


「悪夢は過去?」


「悪夢とは過去にあった不安が見せるものだから」


 今不思議な少年はジに心に抑圧された負の感情を呼び起こして悪夢として見せたのだ。


 悪夢とは何か。

 仮に何も怖いものを知らず未来に何も不安を思わない人が悪夢を見たとしてもそれは悪夢になるだろうか。


 何も怖くなく、何も不安に思わないのだから何をみても悪夢にはなり得ない。

 なぜなら悪夢は過去から呼び起こされるものだから。


 出会った人、もの、事……

 何かを不安に思い恐怖を抱くものが悪夢として現れるのだ。


「悪夢を知ればその人の過去を知ることが出来るんだ。


 子供だと大体くだらない怖いものだけど……やっぱり君は……」


「一々神経を逆撫でするのがうまいな……」


 全てを言い終える前にジは不思議な少年の首を切り落とした。

 過去は過去だ。


 人の過去など話そうとでもしないことを覗いてはいけないし、ましてあんな風に使ってはならない。

 人の不安から過去を勝手に推察して、何を分かった気になっているのだ。


 不思議な少年は闇に消えていく。

 

「非常に不愉快だ」


 聞きたいなら聞けば良い。

 なのに大切な友人の姿を使ってこのようなくだらないことをさせるのは許せなかった。


「ひどいなぁ……そんなに怒ることかな?」


「俺は過去とちゃんと向き合うつもりではいるさ。


 だからといって他の奴が俺の過去を覗き見したり、過去に刃を突き立てたりすることは許すべきことじゃない!」


「……そうか。


 こんな時に諌めてくれる人が今の僕にはいないからね。

 知らなかったよ。


 ただの好奇心で触れてはいけないものに触れてしまったんだね。


 心から謝罪するよ」


「だから言ったろ。


 謝らなくてもいいと、許さないと」


「そう言わないでよ。


 僕は是非とも君と友達になりたいな」


「俺がお前と友達なんかなりはしない。


 お前は俺の過去だけじゃなくて俺の友達もまとめてコケにしたんだ」


 謝罪に姿も見せない相手を許しはしない。

 子供っぽいと言われようと一線を踏み越えた事実は変わらないのだ。


「まあまあ、そう言わないで……


 もうちょっとで僕のところに着くからさ、その時お詫びでもするよ……


 それじゃあおやすみ」


「待て!


 絶対にお前のこと許さないぞ!


 ………………」


ーーーーー


「このクソ野郎!」


「わあっ!?」


 こんな最悪の寝覚めは久々だと思う。

 なかなか起きず、やや苦しそうに顔をしかめて眠るジを心配してみんな集まって覗き込んでいた。


 突然目を開けて起き上がり叫んだものだがらみんな驚く。

 ろくでもない夢だった。


 ハッキリと見た夢の内容は覚えているし、言われた罵倒の内容もしっかり記憶している。


「……なんだよ?」


「なんでもない」


 言ったのはライナスではなく、ジが抱える最悪の場合のランノが言うかもしれない言葉なのである。

 アイツは最後には人が結婚できないことまでエリンスの後ろでバカにしてくれた。


 ランノはそのことを知るはるか前に死んだはずなのに。


 思わずライナスに視線を向けてしまったけれどライナスに文句を言えることじゃない。


「くぅ……」


 暇のない人生だったけど恋愛ぐらいしとけばよかったと今更ながら後悔する。

 今思えばランノは割とモテていたとも思う。


 王国の兵士で若手の有望株。

 戦争でも活躍していたし上手くいけば地方の小領地を与えられる貴族ぐらいにはなっていたかもしれない。


 そうしたことを嫉妬された結果がランノの死にも繋がってくるのだから一概にそれが良かったと断言はできないけど、女性方面に関してはジよりも充実していたはずである。


「やっぱお前はすごいよ」


「いきなりなんだよ?」


「なあ、女の子の手ってどうやって握るんだ?」


「はぁっ?


 ちょっとお前熱でもあんじゃねえのか?」


「お前なら知ってると思ってな」


「いや、知ら……知ってるし!」


 友人の恋愛相談。

 ライナスは自分にそんな話が持ちかけられるとは思っていなかった。


 周りの仲の良い連中もライナスに聞いてもな、という態度なのを急に思い出した。

 任せとけ、俺がお前を恋愛マスターにしてやる。


 そう意気込んだけれど見えすいた見栄にジはただため息を返しただけだった

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