幸せな夢1

 不思議な少年の話が本当ならゴールは近いはずである。

 体力は使うけど苛立った頭では冷静な判断を下せないのでみんなが朝ごはんを用意してくれている間に無心で素振りを繰り返した。


「えっ?」


「こう、俺は師匠も認める天才剣士になるんだよ。


 打ち寄せる敵を切って倒してみんなを守るんだ。


 ついでに周りの女子たちもみーんな俺に惚れるんだ」


 朝ごはんを食べながらライナスは熱く語る。

 ジが悪夢に苦しむ間にみんなの方は幸せな夢を見ていたらしい。


 ライナスは単純明快で強くて、尊敬されて、モテてという夢で気分が良さそうだった。

 分かりやすい夢だけど今のライナスならそう不可能な話でもないはずだ。


 ビクシムが素直にライナスを認めるのかは置いといて。


 ロイヤルガードの弟子であるライナスは未来が約束されたも同然。

 今のままでは身分的な話もあるし、手元に置いておきたいだろうから実力が十分についたらそのうちきっと爵位でも与えられることだろう。


 そうなればラブコールは止まないはずだ。

 ロイヤルガードと親戚関係になれることなどそうないはずなのでこぞって縁談話が舞い込んでくる。


 ライナス自身の人柄も悪くないのでもうちょっと落ち着けば貴族令嬢だって放っておけなくなる。


「ウルシュナは?」


「私?


 私はね、ライナスとかジとか同世代の強いやつみんな倒すんだ。

 そして私はお母様に挑むの。


 お母様はお父様と一緒に私にかかってきて、私は……


 戦って勝つの。

 戦って、勝ってお母様が優しく私の頭を撫でてくれる。


 そして……いや、そしてじゃなくて、そんだけ!

 そんだけだから!」


 もちろんそんだけではない。

 サーシャはルシウスと共に戦った。


 ならばウルシュナはどうか。

 もちろん1人ではなかった。


 別に好きだからとかそんなじゃない。

 知ってる中で1番強くて、頼もしくて、諦めなくて、多分一緒に戦ってくれる。


 だから隣にはジがいて、共に戦ってくれていた。

 ルシウスを止めてサーシャと一騎討ちになるようにしてくれて、最後まで応援してくれた。


 2人を倒した後はウルシュナの頭を撫でるサーシャだったがその横でルシウスは優しくジの肩に手を置いていた。


 何か言葉を発していたような気もするけれどそれは覚えていない。

 ただそんな夢を見たなんて話せなくてウルシュナは顔を赤くした。


 なんでそこでジなんだ。

 別に他の人でもいいのに。


「ふーん……やっぱあの母親を超えることが夢なんだな」


「そ、そう!


 いつかお母様を超えてみせるんだ!


 リ、リーデは?」


 母親を超えたいというのは間違っていない。

 追及されずにホッとしたウルシュナはサッと話題の矛先を変える。


「……お母様とお父様がいるんです」


「あっ……」


「お祖父様とお祖母様もいて、みんなで話しているんです。


 お母様が大きくなったねって微笑んでくれて、お父様が重くなったなと膝に乗せてくれる……


 そこにみんなもいるんです。

 ウーちゃんだけじゃなく、仲良くなったみんな。


 ライナスさんもエさんも、そしてジ君もみんなみんないて、あったかいんです」


 リンデランの両親はすでに亡くなっている。

 代わりにパージヴェルとリンディアが両親代わりにリンデランを育ててくれている。


 忘れかけていた両親に会えた。

 優しくて懐かしい顔を見ることができた。


 そして周りには友達がいる。

 リンデランの父親がこう言った気がする。


『私たちがいなくても大丈夫そうだな』


 リンデランは笑顔で応えた。

 近くにはジがいた気がする。


 何回も自分を助けてくれた小さなヒーロー。


『今度はあなたが助けてあげなさい』


 母親が言った。


「そんなに暗い顔をしないでください。


 すごく温かくて、とても素敵な夢でした。


 みんながいたからあんな夢を見られたんです」


「うう、リーデェー!」


「苦しいよ〜」


 感極まったウルシュナがリンデランに抱きつく。

 まだまだ子供のリンデランが両親を恋しく思っていることはみんな分かっている。


 ジたち貧民は元々両親がいないようなものなのでどんなものかと思っても恋しく思うことは少ない。

 途中で親を亡くす痛みを完全に理解することは出来ないのである。


「エさんはどのような夢を?」


「えっ、私?


 私は……その」


 一気に顔が赤くなるエ。


「長生きして……幸せに暮らす……そんな夢、かな?」


「なんで顔を赤くしてるんですかね〜?」


「分かった!


 えっちぃこと考えてたんだな!」


「ち、違うわ!」


「ハハハッ、エ、スケベなんだー」


「ウルシュナー!」


「怒ったー!」


 ウルシュナがリンデランを盾にして隠れる。


 穏やかな昼下がり、外に並ぶ古い木の椅子、そこに座る2人。

 子供たちはすでに独り立ちをしてあとは余生をのんびりと暮らすのみの人生。


 エは愛おしそうにスライムを撫でていた。

 自分の魔獣ではないが撫でていると気持ちがよく、喜んでくれているのがなんとなく分かった。


 流れる雲を見つめるその横顔をチラリと見て微笑む。

 色んなことがあったけれど今手に入れた穏やかな時間がとても好きだった。


 見られていることに気がついてゆっくりと振り返って優しく微笑み返してくれる。

 すっかりと色が抜けて白くなってしまった髪に手を伸ばして昔のように頭を撫でてくれた。

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