過去が見せる悪夢1
順調に進んでいき、3つ目のセーフルームを見つけた。
その日はそこで泊まることにした。
『甘い夢を……でも君はもうちょっと知りたいな……』
なんだか妙に眠くて、起きて警戒しとかなきゃと思ったのに起きていられなかった。
「どうして……どうして俺を見殺しにした?」
「ライナス……いや、ランノ……なのか?」
振り返るとそこに青年がいた。
明るく誰にでも優しく、それでいながらみんなを引っ張っていく素敵な青年だったランノ。
しかし目の前にある姿は頭から血を流し顔色が悪くて今にも倒れてしまいそう。
着けている鎧は大きな凹みが目立ち、うつろな瞳をして生気を感じられない。
「俺は努力した……全部を守るために。
エを守り、国を守って、お前まで気にかけてきた」
つぶやくような小さな声なのに耳にしっかりと声が届いてくる。
「なのにお前は俺を見捨てた」
「……そうかもな」
「結局俺は死んだ!
なのにお前は悠々と生き延びて、お前は俺の生きたかった明日を奪っていったんだ!
お前が……お前が死ねば良かったのに!」
言葉1つ1つが心臓を抉り取るような鋭さを持って突き刺さる。
しかし否定はしない。
肯定もしないけど否定できるような言葉でもなかった。
「どうして……」
「エ……エリンスか」
赤い髪をした中年の女性。
時を重ねても美しかったエリンスは泣き腫らしたように目は赤くなっていて、どこか遠くを見るように視線を上げた。
記憶の中の最後の姿。
この時から直接エリンスと顔を合わせることはなくなった。
ランノと死に別れてからエリンスはすっかりその活発さがなりをひそめてしまった。
「あなたは最後まで変わらなかった。
私が死んだのもあなたは知らなかったでしょう?
自分の殻に閉じこもって、周りを拒絶して傷つけて……
年を取っても変わらなかったのよ、あなたは変わらない」
「俺とエリンスはお前のせいで人生を無駄にした。
なぜお前は生きてるんだ?
何もなさずただ流されるままに生きて、人に迷惑をかけて、そのくせ死にたくないだのと生にしがみつく」
「……そうだな。
過去の俺は変われなかった」
「なに?
その言い方だと今は変わったとでも言うの?」
「君は……」
今度は若い女性。
子供と大人の間にいるようで、まだ幼さの残る顔をした、一目見たら忘れられないような綺麗な顔立ちの子。
黒い髪を揺らしてその子はゆっくりと首を振る。
「結局あなたは地面を這いつくばっているのがお似合いでそこから抜け出せないクズなのよ」
優しい微笑みを浮かべてとんでもないことを言う。
「私も……知ってると思うけど死んだわ。
この体は純潔を保てたかしら、それとも薄汚い貴族に汚されて終わったかしら?
前向きになれたなんて言いながらもあなたの足が外に向くこともなかったわ。
あなたは死ぬまで変わらなかった。
死んでも変わらない」
「そう、残り少ない老いた人生をあなたは変わらないままに歩んでいくの」
3人の旧友に囲まれているのはひどく年老いたジの姿。
全てから逃げて、何もかもを投げ捨てて、後悔と逃れえぬ罪悪感を背負って足掻くように生きる憐れな老人の姿がそこにある。
胸が押しつぶされそうになる言葉。
耳を塞いで大きな声でも出せば聞こえなくなるだろうか。
しかしジは全ての言葉を最後まで聞いた。
間違っていない。
過去は変えられず、ジはクソみたいな人間で、多くの者を悲しみに傷つけた。
死ぬまで変わらなかったことは確かなことなのだ。
3人の言葉は止まない。
どうしたらこれほど人を傷つける言葉を考えつけるのか聞きたくなるほどにジのことを罵倒する。
「その目は何かしら?」
けれどジも死んだ。
それなのに後悔も逃げることもする前に戻ってきた。
クソでもいい。
この与えられた2度目の人生を生きると決めた。
「ダメじゃないか」
「何が?
あなたはまた目の前の問題から逃げるつもり?」
「この3人を呼ぶ前に呼ぶべき友がおるじゃろ?」
「何の話か……」
「フィオス」
ジはゆっくりと両手を前に伸ばした。
その両手のひらの上にわずかに重みを感じる、丸いスライムが現れた。
ジの人生はフィオスと共にあった。
「お前さんが話して、ワシのことを悪く言ったなら耐えられなかったかもしれないな。
だがお前さんは、フィオスはそんなことを言わない」
「そんなスライムに何ができると言うの?
あなたも散々言っていたじゃない」
「そうじゃな、ワシは……俺は愚かだった」
手のシワが伸びていく。
肌にハリが戻ってしわがれた声が低い声をあっという間に通り過ぎて、やや高くなる。
「俺は変わった。
少なくとも、もう逃げない」
フィオスがジの思いに応えて形を変える。
何の変哲もない剣の形。
まだ飾りや特殊な形は無理なので、ただの真っ直ぐな剣になる。
そしてジの姿はいつの間にか今の、まだ力も身長もない幼い頃の姿になっていた。
ただその目はどこまでも真っ直ぐで過去には無かったような強い光を秘めていた。
「過去に戻ることができたならみんなと話してみたいものだ。
怒るかな。
心配するかな。
ただ笑ってくれるかな。
どれでもいいさ。
でも……」
ジは魔力を込めて虚空を切った。
「俺の友は、例え過去でも、俺のことを恨んでいたとしても、絶対にそんなこと言わない!」
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