バカヤロウ4

「会長!」


「は、放せ!


 ライナスが!」


「彼はもう落ちていってしまいました!


 もう助けられませんよ!」


「ラ、ライナス……なんで……


 貴様ら!」


 ケケケと笑うゴブリンたち。

 ジの感じていた嫌な予感は勘違いではなかった。


 ジはフィオスの形を変える。

 ムチのようなしなやかで細長い形に変えて落とし穴の向こうにいるゴブリンの首に巻き付けた。


 腕を引いて、ゴブリンを引き寄せる。


「死ね!」


 目の前まで引き寄せたゴブリンの首を切り落とす。


「クソッ……俺のせいだ」


 2匹のゴブリンは笑いながら通路の向こう側に逃げていってしまった。

 穴を覗き込む。


 そこが見えないほど深く、闇が広がる落とし穴。


 この高さから落ちたらまず助からない。


「ジ……どうするの?」


 1人大きな戦力が欠けてしまった。

 その上落とし穴は通路いっぱいの大きさがあって道はなく、幅も広くて飛び越すことも出来ない。


 どうするのか判断を下さなければいけない。


「少し…………少しだけ考える時間をくれ」


「うん……」


 エも動揺していないわけじゃない。

 しかし自分よりもひどく動揺して今にも崩れてしまいそうなジを前にして逆に少し冷静さを取り戻していた。


 ここまでこんな罠はなかった。

 故にすっかり罠があるかもしれないという考えが抜けていた。


 いきなり深い落とし穴なんていう致命的な罠を出してくるなんて思いもせず、ライナスが犠牲になってしまった。


「会長のせいじゃないですよ。


 アイツが勝手に1人先走った結果です」


「いや、それを止められなかった責任が俺にはある」


 暗い顔をするジをユディットが励まそうとするがライナス1人に責任押し付けてはダメだ。

 もっと上手くやっていける方法があったはずなのだ。


 ライナスを暴走させてしまって止められなかったことはジの責任である。


「……一度帰ろう。


 報告と状況を整理する必要がある」


 こんな状況では進めない。

 何にしても帰って立て直しを図る必要がある。


 重たい。

 空気が、足取りが。


 自分が落ちそうになってまで助けようとしたジはライナスが最後に落ちていく瞬間を見た。


 今危ういのはジ。

 触れれば壊れてしまいそうな、話しかけたら消えてしまいそう。


 さらにジを失うわけにはいかない。

 ユディットとエは視線を合わせてジの周りを警戒することに決めた。


 ーーーーー


「ジ君、中で一体何があったのですか?」


 ダンジョンから出てきてすぐ、オロネアが慌てた様子でジに声をかけた。


「それは……」


「ライナス君が中庭に突然現れたのです」


「えっ?」


「なぜライナス君が中庭に出てきたのですか?」


「ほ、本当ですか!


 ライナスは今どこにいますか!」


「医務室にいますが……」


 ジは走った。

 あのような言い方ではおそらく無事なのだろう。


 でも自分の目で確かめずにはいられない。

 おぼろげなアカデミーの中の記憶を辿って、医務室に急ぐ。


「おっ、ジ。


 無事戻って……」


「ライナス!」


 医務室のドアを開けて中に入る。

 肩で息をするジの目に飛び込んできたのはベッドに座って笑うライナスだった。


 ケガもなく、元気そうだ。


 そしてそんなライナスに駆け寄ったジは思いっきり頬を殴りつけた。


「ってぇ!


 何……すん…………だ」


 ライナスの服を掴んで引き寄せるようにしながら顔を近づける。


「何であんなことした!」


 怒っている。

 それは分かるのだけど怒っているにしてはジの顔はとても悲しげに歪んでいるように見えた。


 今にも泣き出しそうで、思ってもみなかった表情にライナスは言葉を飲んだ。


「あれが本物のダンジョンだったら、本当の罠だったらどうする!


 お前はこんなところで死ぬ奴じゃないだろ!」


 最近よく思うのだ。

 自分自身が子供っぽくなったと。


 体に精神が影響されているのか、年寄りだった時と比べて感情のコントロールが下手くそになっている。


 ライナスが落ちた時ジは過去にランノが死んだ時のことを思い出した。

 悲しくて重たくて、自身を許せなくなったあの時を。


 せっかく人生を変えたのに、ライナスは幸せになれると思ったのに。

 今回は死体もない別れになるのだと、そう覚悟した。


「なんで、そんな顔、して……


 なんで、お前が、泣いて……」


 殴られて怒られて、泣かれて。

 思わぬジの感情にライナスが動揺する。


 勝手なマネしてこんなことになったのは分かってるから怒られることは覚悟していた。

 殴られたのもイラッとしたけど悪いのは自分だからと思った。


 なんで、お前が泣く必要があるんだ。

 悪いのは俺だろ?


 なんか言い訳とか、どうやって謝ろうとかいっぱい考えていたのに全部吹き飛んでしまった。


「友達が死んだと思ったんだぞ!


 怒るし、悲しいし、無事で……よかった」


「ジ……」


 ハッとした。

 ジが死にそうになった時、ジが死んだ時、頭を殴られたような衝撃があって心臓が握りつぶされてしまいそうな感情になった。


 自分はジを、他の人をそんな感情にさせたのだ。

 ひどい後悔と罪悪感に襲われる。


 その時エたちもジに遅れて医務室に到着していたが誰も中に入ることはできない。


「悪かった……気に入らないなら気に入らないでいいんだ。


 でも死なないでくれ……頼むから無事でいてほしいんだ」


 消えいるようなジの声。

 それでも静かな医務室ではみんなの耳に届いていた。

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