バカヤロウ2
「……寝ないの?」
セーフルームに消灯の機能はなく、明るくて寝られないなんてみんな文句を言っていた。
それでも慣れない環境で気を張り、戦ったので疲れはあった。
ソファーに寝転がって会話でもしているうちにぼんやりとし始めて、1人、また1人と寝始めた。
みんなが寝たのを確認して、ジは1人体を起こしていた。
このまま寝転がっていたら眠ってしまいそうだったからである。
明るい天井を見上げてボーッとしているジの隣に誰かが座った。
顔を下げて隣を見るとそれはエであった。
なんだか寝付けなくてゴロゴロしていたのだけどジが起きていることに気づいて場所を移動してきた。
「セーフルームだって安全だとは限らないからな」
セーフルームが本当にセーフルームで100%の確率で安全だと断言ができない。
全員が休んだら……などということが起きないとも限らないのである。
外だろうがダンジョンだろうが完全に警戒を緩めることなどあってはならない。
だからひっそりと起きていた。
あとでユディットかライナスに代わってもらうつもりなので1人で全部寝ないなんてことはしないけれども。
「ねえ」
「……なんだ?」
隣に座るエがジの肩に頭を預ける。
ジも拒否しないで受け入れてそのままにさせておく。
「もし仮に、願いが叶うとしたらどうする?」
「ここはそんなダンジョンじゃ……」
「分かってる。
だからもし仮に、だよ」
「そうだな……願いか」
願いが叶うダンジョンという噂はあるが実際それは誇張された噂に過ぎず、あの不思議な少年もそこまでではないと言っていた。
ただどんな願いがあるのか考えるぐらいではバチも当たらない。
色々と考えが頭に浮かぶ。
浅い願いではやはりお金だ。
この先何もしなくても生きていける、己の身を守っていけるほどの財貨があればいい。
過去ではジは常にお金がなく貧困に喘いでいた。
今は実はかなり稼げてきているので過去とは比べ物にならないけれどあるだけあって困らないのがお金である。
次に恋愛だ。
貧乏で出会いがなかったこともあるがとにかく人を避けて信用しなかったジは恋愛というものと無縁であった。
子供の頃はともかく大人になってから女性の手を握るどころか、会話ですら数えるほどしかしなかった。
せいぜい酒場のおばちゃんぐらいである。
超美人の嫁さん、なんて贅沢は望まない。
自分を愛してくれ、自分が愛せる人と穏やかに、共に長く生きていけることができたならと思う。
子供は男の子と女の子、どちらも欲しいなと思ったり。
浅い願いが一巡するともう少し別のことも考え始める。
単純なお願いでは強くなりたいと思う。
もっと強ければ取れる選択肢も増える。
自分の命を危険に晒さずにみんなを助けることができる。
もうちょっと魔力があればなと思うこともあるので魔獣はフィオスがいいけどもっと魔力の供給が増えればという願いはある。
お金に関わることとしてはもっと商会が軌道に乗ればなんてことも考える。
だいぶ乗りに乗ってはいるがもうちょっと事業を広げて貧民街にも還元できたらな。
さらにもっと広く考えてみる。
ジの記憶では過去に様々なことが起きた。
悲惨な出来事が多くあった。
願いが叶うならそうした出来事が一切起きないように、と願ってもいいかもしれない。
「でも……」
「でも?」
「みんなが幸せになればいいな」
でもどれもこれも最後には願うのはみんなのこと。
お金があればお金で買えることでは人を幸せに出来る、力があれば力のないものを守ることが出来る、悲しい出来事がなくなれば人は平和に過ごすことが出来る。
そう、みんな。
優しい人、大切な人、幸せでいてほしいと願う人。
そんな人たちが幸せであるなら、きっとジ自身も幸せなのではないか。
長いこと考えた答え。
「みーんな幸せになってくれたら、俺はそれで幸せだよ」
「……こんな時にも人のことばっかり考えてんのね」
「悪いかよ?」
「ううん、ジらしくていいと思うよー」
「なんだよ、じゃあエは何をお願いするんだよ?」
「あなたがみんなの幸せをお願いするでしょ?
なら私がジの幸せを願ってあげる……」
「……あんがと」
「あんたもさ……自分の幸せぐらい考えなさいよ?」
「…………考えてるさ」
過去では何もかも投げ捨てて、全てのことから逃げてきた。
周りのことを何も見ようとせず自分が不幸の中心にいるのだと思い続けた。
しかし不思議なことに回帰をして、子供の頃に戻ってきた。
自分が1人ではなく、素敵な周りに助けられて互いに支え合って生きていることを知った。
きっかけは多分フィオスだった。
回帰する前にフィオスにも感情があり、繋ぐべき絆があることを理解した。
周りがジを締め出していたのではない。
ジが周りを締め出して壁を作っていた。
常にそばにいてくれた、どんな時でも見捨てずそこにいてくれたフィオスが教えてくれた。
「今度はみんなと、みんなで一緒に幸せになるんだ」
過去はもう変えられない。
でもこれから起こる未来は変えられる。
少しでも、ほんのわずかでも良くなるならジは頑張ってみようと思う。
「……エ?」
「スー……スー」
「寝てるのか」
いつの間にかエは寝息を立てていた。
ジは優しく微笑んでエにソファーを譲ると肌掛けをそっとかけてあげた。
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