潜入、アカデミーを調査せよ3

 見られていることに気づいてエが顔を赤くする。

 気持ちのいい食べっぷりで実に良いのだけど見られていると食べづらいだろうとジも食べ始める。

 ジも料理を食べて大きくうなずく。


 噂に違わぬ美味しさ。

 種類も豊富だし毎日通いたくなる。


「ね、ねえ?」


「なんだ?」


「それも……一口くれない?」


「……ほれ」


 モジモジとして上目遣いにジを見る。

 ジはエとは違う料理を食べている。


 これだけ美味しいのだ、ジも食べている料理もさぞかし美味しいだろう。

 もっと色々食べてみたくなった。


 微笑ましい気持ちで皿をエの方に差し出す。

 これだけ美味い美味いと言って食べてもらったら料理だって嬉しいはずだ。


「ありがとう!


 うん、これも美味しい!」


「こんな飯食えるだけでアカデミーが羨ましいな」


「そうだね。


 えと……これ、私が1番美味しいって思ったやつ」


「ん……いや、いいよ」


 一口もらったら一口返さなきゃいけない。

 アカデミーに連れてきてもらったこともあるしとエは自分が使っていたスプーンで料理を掬ってジの前に差し出す。


「美味しいから、ほら!


 落ちちゃうよ!」


「分かったよ……うん、美味いな」


「そうでしょ?


 えへへ……なんだか恥ずかしいことしてるね」


 勢いでやった。

 でもよくよく考えるとすごい大胆なことをした。


 恥ずかしそうにはにかんで頬を指先で掻く。


 ガシャン!


「お前たち……ここで何して、らっしゃるの?」


 荒々しくエの隣にトレーが置かれて食器が派手に音を立てた。

 驚きに少し飛び上がる。


 まだ食堂に空きは多くて隅にくる必要もない。

 トレーを雑に置くようなことも何もしちゃいない。


「うげっ……」


「うげ、じゃない……なくてよ?」


「こんなところで何してんだ、ウルシュナ」


「それはこちらのセリフですわ」


 顔を上げるとトレーを荒々しく置いた犯人はウルシュナであった。


「私もいますよ?」


 ジの隣にリンデランが座る。


「リンデランもか。


 久しぶり、っていうほどでもないか」


 つい先日もゴミ処理の時に会った。

 久しぶりというほど時間も空いていない。


「……なんか、怒ってる?」


「いいえ、なんでですか?」


 ニッコリと笑っているようなリンデランだけど雰囲気が怖い気がする。


「あら……」


 リンデランがジに手を伸ばす。

 そっと口の横を指の腹で拭った。


「口の端についてますよ」


「えっ?」


 エに食べさせてもらった時に口の端にソースが付いてしまっていたようだ。


「ふふっ、おっちょこちょいですね」


「リンデラン!」


 拭い取った指をペロッと舐める。

 本当に同年代か疑いたくなる艶やかさがあってジは呆然としてしまう。


「ぐぬぬ……」


 良いところだったのにとエが悔しそうな顔をする。

 口の端にソースを付けてしまったエの失敗であった。


 リンデランがエに勝ち誇ったような視線を送ったようにジには見えた。

 エには拭き取ったソースを舐めとるなんて、このような行動思いつきもしないだろう。


「まあ、いいですわ。


 それでお二人はどうしてここに?」


「その前に……その、話し方……な、なんなんだ?」


 聞けば聞くほど面白い。

 笑うのを我慢して肩を震わせジがウルシュナの話し方について聞く。


 不自然なお嬢様口調。


「うっ、うっさい……ですわ。


 ここではお嬢様キャラで通っていますの」


「ぷっ……はははっ!」


「わ、笑うな! ……ですわ!」


 普段の口調を知っているだけにギャップが激しい。

 なんでよりによってお嬢様キャラなのか。


 堪えきれずに笑い出すジにウルシュナは顔を真っ赤にする。


「周りに人そんないないんだから今はいいんじゃないのか、いつも通りで」


「誰が聞いてるか分かりませんもの」


「その話し方も悪かないけどさ、いつもの砕けた話し方の方が接しやすいし良いと思うぞ?」


「……人の気も知らないで」


 ウルシュナはリンデランと並ぶ高位の貴族であり、お嬢様である。

 いつもはもっとサバサバとした感じなのだがアカデミーではお嬢様らしく振る舞っていた。


 これは母親であるサーシャの申し付けだった。

 女の子らしい習い事を嫌い、剣などを習いたいと言ったウルシュナに対して普段から周りにちゃんと女の子らしく見せられるならそうしてもよいと交換条件を出した。


 なのでアカデミーの中ではお淑やかな女の子。

 だけど剣術とかは強い、みたいな感じになっていた。


 親しい子なんかはウルシュナの素を知っているが普段はこんな風に頑張っていたのだ。

 よりによってあまり見られたくない人に見つかった。


 というかそんな装っていることを忘れて、ジたちがいることを見つけて気になって声をかけてしまった。


「分かった、すまなかったよ。


 外で会う時は普通なんだろ?


 ならなんも言わないさ」


「もう遅いですわ……」


 軽く涙を拭うジ。

 ひとしきり笑った後でないかとウルシュナは渋い顔をする。


 お嬢様口調で怒ってもいいがお淑やかで通ってるので怒ることもできない。


「まあまあ……ここにいる目的を教えてもらってもいいですか?」


「いーや、飯を食いにきた」


「食堂にいる目的じゃないですよ」


 プクッと頬を膨らませるリンデラン。

 大人っぽかったり子供っぽかったりとコロコロと表情が変わる。


 飯を食べにきたで本気で騙されるほどリンデランもお馬鹿さんではない。

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