潜入、アカデミーを調査せよ2

 女の方が剣を抜いて挑発するように指を動かした。

 戦わなきゃいけない気がした。


 少年は剣を抜いて女と対峙した。

 少女は杖を構えて魔法の準備をする。


「気づいたら中庭で寝てたよ」


 どんな戦いだったのかよく覚えていない。

 けれど負けたという感情だけが起きた少年には残っていた。


「それで朝巡回のおっさんに見つかって先生にこっぴどく怒られてさ。


 その上その子と俺が付き合ってるなんて変な噂になって……


 まあ、その噂のおかげで結局付き合うことになったんだけど」


 誰も信じてくれない変な夢のような話。

 夜中に抜け出して中庭で逢瀬を重ねて寄り添うように寝ていたなんて噂が広まって、なんやかんやと本当にくっついてしまった。


「直接経験した俺でもなんだか信じらんねー話だよ。


 でもあれは夢じゃないし、あの出来事があるまでコランとは話したこともなかった。


 逆に、噂には今は感謝してるけど」


「ロマンティックですね」


「そうか?


 そんな風に言ってくれた奴は初めてだよ」


「不思議な体験を共有する2人ってなんだか素敵じゃありません?」


「あんがと。


 なんか、誰かに聞いてもらえてスッキリしたわ。


 お前らはなんだ、噂好きの下級生……でもただ噂話聞きたくてって感じでも……まあ、いいか。

 最近じゃ色々噂あって暇しないから聞いて回る奴もいるからな。


 ダンジョンガーなんて言ってる奴もいるから興味あるなら話聞いてみろよ」


「ええ、そうします。


 お話ありがとうございました」


「おう、こっちこそ聞いてくれてあんがとな」


 話しているうちにすっかり次の授業の時間になった。

 少年は走って教室に向かい、今いる教室も別の授業で使うようだからジたちも退室した。


「面白い話だったね」


「興味深かったな」


 本人が嫌がっているならあれだが感謝しているなら面白いと言ってもいいだろう。

 子供の声に誘われ、中庭で変な男女と戦った。


 これがダンジョンとなんの関係があると聞かれると答えられない。

 けれど最近になって起きた変な出来事で、自分で出て行って女の子と中庭で寝るなんて誰もやりはしない。


 少年が言うように誰も信じてくれないということにはそれ以上の説明ができない、理由を付けられないことが大きい。

 ただそれがダンジョンに起因する異常だったなら?


 そう思わずにはいられないジであった。


 たまたま時間的な都合で話を聞いた少年と付き合うことになった少女の方にも話を聞くことができた。

 内容はほとんど同じ。


 不思議な声が聞こえて、気づいたら中庭にいて、見たこともない男女と戦った。

 魔法にはそれなりに自信があったのに全然敵わなかったような気がする。


 そして気づけば少年と寄り添うようにして中庭で寝ているところを見つかった。

 少年とはいくつかの授業で一緒になったことはあっても話したことはなく、もちろん親しい仲でもない。


 今じゃ親しい仲なのでそこら辺を頬を染めて話す少女の話をエは楽しそうに聞いていた。


「噂好きな子がなんで噂を集めたりするのかわからなかったけどなんかこんなのも意外と面白いね」


 噂話が嫌いなわけじゃないけど積極的に聞いて回ろうなんて思いもしなかった。

 だけどこうして聞いて回ることも意外と面白いのではないかとエも思い始めていた。


「でもあんまり噂ばっかり追いかけんなよ?」


「分かってるよ。


 気持ちはちょっと分かったなって話」


「心配はしてないがな。


 じゃあ次は……」


「ねえ」


「ん、どうした?」


「もうすぐお昼時だし……食堂に行ってみない?


 お昼になったら混んじゃいそうだし」


「あー、確かにそうだな」


 未だに若干迷子気味なジとエ。

 プラプラとアカデミーを歩き回って気づいたら昼前になっていた。


 エの言う通り昼になったら食堂は混んでしまうだろう。

 エによると学食は美味しいらしいし、アカデミーの学生なら無料で食べられるので食べておいた方がいい。


 今はアカデミーの学生ってことになっているので当然学食食べてもオッケーなのだ。

 食堂を探して少しアカデミーの中をうろつく。


 食堂というが侮るなかれ。

 貴族の子息が通うアカデミーの食堂は一流のシェフが雇われている。


「えっと……これとこれ、それと…………デザートにこれとこれとこれ!」


「はいよ。


 君はどうする?」


「ええと、じゃあこれで」


「待ってな、今はまだ人少ないからすぐにできるぞ」


 恰幅のいい優しそうなおじさんが料理長。

 トレーを持ってカウンターで注文する。


 さっと奥に注文が通り、料理を作り始める。


 食堂は広く、まだ昼前ではちらほらと人がいる程度。

 料理もすぐにできそうだし早めに来てよかった。


 エはトレー2つ分の料理やらデザートを受け取り、隅の方の席に座る。


「ん、まぁーい!」


 一口食べて感動したようにエが震える。

 今日は周りの目もないのでお祈りの言葉を言う必要もない。


 質素倹約を心がけてちょっと味の薄い料理を黙々と静かに食べる必要もない。


「ど、どれも美味しいよぅ!」


「ふふっ」


「な、なによ!」


「いい顔して食べるもんだな」


「ばっ……!


 ひ、人の顔見てないで食べなよ!」


 デザートまで一通り口にして、どれも美味しそうに食べるエの顔をじっと見つめる。

 人が美味しそうに食べているだけでもなんだか嬉しくなる。

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