潜入、アカデミーを調査せよ1

 人が集まる場所には噂が生まれる。

 戦場には首のない兵士が歩き回り、廃屋には夫を亡くした未亡人が泣く。


 しかしながら全てがただの噂というものでもない。

 調べて見ると魔物がいたり噂になる元があったりすることが多く、理由もなく噂だけが独り歩きすることの方が珍しい。


 大人が入れない不思議なドア。

 中の調査ができないにも関わらずそれをダンジョンだとしたのには理由があった。


 アカデミーでもいくつか噂とか不思議話がある。

 増える教室の話とか夜中に鳴る鐘の音とか昔からの噂がある。


 問題にならなそうな限り教師もそうした噂話は制限することもなく、ほとんどがどこからか伝え聞く昔からのものである。

 けれども時には新たなる噂が生まれることもあり、そうしたものにも原因があると考えられる。


 アカデミー地下にあるダンジョンもダンジョンだとしたのにはこうした噂の存在があった。

 内容は正確ではなくフワフワしている。


 その上教師が個別に聞き出そうとしても子供は警戒してしまって表面的なことしか言わない。


「ねえ、見て見て!


 どう?


 どーよ?」


「似合ってるよ」


「わぁ……ちょっとこんなの夢だったんだ!」


 ライナスはビクシムについて任務に行っていて数日戻ってこないとの話だった。

 やはりライナスの実力と元気さは欲しい。


 そんな数日でダンジョンがブレイクして中から何か飛び出してくるとも思えないので情報収集をすることにした。

 どうにも噂が気になったジはライナスが帰ってくるまでの間噂の調査をしてみることにした。


 オロネアに許可をもらってアカデミーに潜入することにした。

 ただ普通の格好では目立ってしまって警戒されてしまう。


 違和感なく調査を実行するためにアカデミーの生徒に扮する必要があった。

 オロネアがアカデミーの制服を用意してくれてジはそれに身を包んだ。

 

 1人で調査しても別によかったのだけどやる気満々だったエにアカデミーの噂調査をすることがバレてしまってエも一緒にアカデミーに潜入することになった。


 アカデミーの制服は一流のデザイナーによって作られた高級なものでアカデミーという箔だけでなく、見た目も人気があった。

 もちろんエの分の制服も用意してくれて、可愛らしい制服に身を包んだエは嬉しそうにクルクルと回っている。


「それで何を調べるの?」


 すっかりニコニコのエ。


 やっぱり笑っている方がいい。


「いくつか噂はあるんだけど……まずは何人か噂の発生源だと思われる子から話を聞いてみようと思う」


「りょーかいりょーかい」


 流石に制服を着るとジは目立たなくなる。

 けれど逆にエは目立ってしまっていた。


 いきなり現れた誰も知らない美少女。

 特に今は機嫌が良くてニコニコしているものだから余計に男子生徒の視線を集めている。


 アカデミーの授業は多岐にわたるので受けたい授業を自分で選んで受ける必要がある。

 必要な授業とか受けなきゃいけないものもあるけど基本的には結構自由である。


「えっと……この時間ならこの授業で、この教室……」


 そのために生徒がいる場所を把握するのは簡単ではない。

 アカデミー側が生徒のスケジュールをまとめてくれたので授業前か授業終わりを狙って話を聞きにいく。


「教室はどこ……」


 しょうがない話だけど中の作り的に教室が並んでいてどこがどの教室なのか初見のジやエには中々分かりにくい。

 授業終わりを狙っていたのにちょっとした迷子になってしまった。


 増改築を何回も繰り返したアカデミーの内部は思いの外単純とはいかなかった。

 普段通っていればなんてことはないのだろうけど何か地図みたいなものでも書いてもらえばよかったと後悔する。


「そういえばね、アカデミーって学食が美味しいらしいよ!


 あとで食べてみようよ」


「……そうだな」


 まあ調査はライナスがいないからやるだけで急ぐことはない。

 のんびりとやっても別にいいやと思った。


「話聞きたいって?


 別にいいけど……」


 なんとか授業終わりに間に合って目的の生徒を見つけることができた。


「まあ夢にしちゃ妙な夢で、やたらとはっきり覚えてんだ」


 ジたちよりも年上っぽそうな少年はいきなりの訪問にも関わらず快く話をしてくれた。


「あれは……確か剣術の授業でトップ取った後だったかな。


 夜いきなり声がしたんだ。


 男か女かも分からないような声で、呼ばれた気がしたんだ」


 誰も信じてくれなかった話。

 ちゃんと聞いてくれるなら話してみようと思った。


「なんでか……分からないんだ」


 その夜、不思議な声を聞いた少年はフラフラと寮を抜け出した。

 記憶が曖昧で、どうしてそんなことをしたのか自分でも分からない。


 アカデミーの憩いの場にもなっている中庭、そこに少年は剣を片手に立っていた。

 ボーッとそこで立っているともう1人誰かが来た。


 それはよく見ると魔法の授業でトップを取った女の子だった。


『君たちにはペアを組んで戦ってもらうよ』


 不思議な声はそう言った。

 若い男女がいつの間にかそこにいた。


 女性の方は剣士風で、男の方は魔法使いのような格好をしていた。

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