君の力を借りたくて2

 一瞬だけ期待した。

 真面目な顔をして言うものだからそんな展開になるんじゃないかってちょっとだけ、ほんのちょっとだけ期待した。


 だから話が違ってガッカリしたけどジの口から出た言葉はエを褒めちぎるものだった。

 期待させやがってこのヤローっていう気持ちと褒められて嬉しいっていう気持ちで顔がもにゃもにゃする。


 複雑な顔を最初したけど時間が経つにつれ褒められて嬉しいって方がちょっと勝ってきてニマニマした感じの方がちょっと強くなる。

 奇妙な顔の変化にジも不思議そうな顔をする。


「それで、魔法も回復も天才的で気配り上手であんたが1番信頼できるこの私に何の用?


 なんだっけ、なんか言ってた気がするけど……」


 少し自己評価が高すぎる気がするがそれほど高くても外れたものではないので否定しないでおく。

 ただ褒め言葉の方しか聞いていないのはいただけないな。


「ダンジョンに一緒に行ってほしいんだ」


「ダンジョン?


 ダンジョンってあの?」


「そ、ダンジョン」


「なに、あんた本気で冒険者にでもなるの?」


「それも悪かないけど事情があるんだよ」


 ジは簡単に訳を説明する。


「ふーーーーん……」


「なんだよ……」


「まーた危ないことに首突っ込もうとしてんだ?」


「危ないっちゃ危ないけど」


「けど、なに?」


「けどだからエにちゃんと言いに来ただろ?」


「うっ……」


 確かにそんなことは言った。


「今回のことなら真っ当にエの力借りられるし、もしダメでも言わなきゃって思ったからさ」


「……ズルいなぁ……」


「何がだよ?」


「ううん、こっちの話」


 ジはちゃんと約束を守って言いにきた。

 勝手に期待して違ったからと言って拗ねていてはただのわがままな子供になってしまう。


 その上で理由まで述べて褒めて、助けてほしいとまで言ったのにダメですなんて言えない。


「ケガするなら、とか言ったけど絶対……ぜーったいケガなんてしないこと!


 それと私を守ること!


 そしたら……行ったげてもいいけど」


「ケガしないかどうかはちょっと約束できないけど頑張るよ。


 だけどエは守るってことだけは誓うよ」


「だから……ズルいよ」


 顔を赤くして頬を少し膨らませるエ。

 フィオスは自分の水を飲み終えてソーッとジの水に体を伸ばしていた。


「まあ、一緒に行ってくれるってことでいいんだよな?」


「あんた1人で行かせたら何するか分かんないからね」


「そうだな、エがいてくれると安心だ」


 過去でもエは散々ジのことを諌めて、更生させようと頑張ってくれていた。

 暴走するつもりなんてないがいざという時に冷静に対処してくれそうだ。


「そんで……他に誰を連れていくの?」


「ユディットっていう優秀な……友達が行く。


 あとはラ……ライナスも誘おうと思ってる。


 あとは仲のいい友達とかいないか?」


「いるけどそんなんでいいの?」


 ライナスについては声をかけるだろうことはわかっているので触れない。

 

「実力があって性格良けりゃ十二分だけどとりあえず今はちゃんと指示に従ってくれる人を優先して入れたい」


 ダンジョンに挑むのが全員子供というのは大人とはまた勝手の違うところがある。

 大人なら多少の事情を飲み込んで必要だと思われる指示には従ってくれる。


 子供のジがリーダーとして大人を率いていたらどうかと思うがそれでも正しい判断なら従うだろう。


 けれど子供ならどうか。

 ジの知り合いなら間違いなく従ってくれる。


 他の子はどうだろうか。

 ジに好意的なら従うし、否定的なら従わない。


 正しい判断だとしてもジに反発してとってはいけない行動をとってしまう可能性もある。

 実力主義で性格の分からない奴を入れるぐらいならある程度性格の分かる人を入れる方がいい。


 エの知り合いならエがコントロール出来るし、エを通して好意的な方向に持っていけるはずだと考えていた。

 第一目的は生きて帰ること。


 高い実力があっても無駄なプライドでチームプレイを乱されてはかなわない。


「ライナスとユディットは前に出る方だから魔法が使える人がいいかな」


「なら……ちょうど良い人がいるよ」


「おっ、じゃあ声かけてくれないか?


 一回会ってみるから」


「分かった」


「よし、じゃあこれはワイロだ」


「そう言えばずっと気になってたんだよね、それ」


 ジは横のイスに置いておいた箱をエの前に差し出した。


「最近平民街に出来たケーキ……」


「オ、オリュリオンのケーキ!?」


「お、おう、そうだ……」


 甘いもの、特にお菓子やケーキは高級品であったのだが時が経つにつれて砂糖の値段が安定してきて平民の贅沢ぐらいにもなるぐらいになってきた。

 少し前に平民街にケーキ屋さんが出来て、大変話題になった。


 まだお高めだけど貴族街にあるケーキ屋さんよりも手が届きやすい金額で、ジもエにお願いするにあたっての最終兵器として買ってきていた。

 結果的にはなんの問題もなくオッケーをもらえたのでお礼代わりにケーキを差し出した。


 目を輝かしてサッと箱を受け取るエ。


 神官や子供部隊でも女子の間ではかなり有名なお店。

 貴族街にも店を出している人がよりシンプルに値段を抑えて作ったケーキを出しているところでエもいつか食べてみたいと話を聞いて思っていた。


「ありがとう、ジ!」


「喜んでもらえて何よりだよ」


 朝の仕事帰りに並んだ甲斐があった。


 女子に甘いものは鉄板。

 飲み屋で嫁さんに出ていかれたオッサンのアドバイスは間違っていなかったようだ。

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