君の力を借りたくて1

「エはいますか?」


「ん?


 ……は、はいっ!


 只今呼んで参ります!」


「……なんだ?」


 ジは大神殿を訪れていた。


 手近にいた神官に声をかけるとジを見てビシッと背筋を伸ばした。

 まるで高貴なものに接するかのような仰々しい態度にジは眉をひそめた。


 走って神殿の奥に消えていった神官の代わりに別の神官がやってきた。

 ややぽっちゃりとした体型の人の良さそうな神官。


「ジ様ですね、こちらでお待ちになるのもお暇でしょうからお部屋で待つのがよろしいかと」


「ああ、はい、ありがとうございます。


 ええと……」


「マビソンでございます」


「はじめまして、マビソンさん」


「ふふ、実ははじめましてではないのですよ。


 覚えておいでではないでしょうがジ様が運ばれてきた時に私もいたのです。

 意識がなかったので会ったというかどうかは怪しいところはありますが」


「そうなんですか」


「エさんは今お勤めの最中です。


 お年寄りに人気なんですよ」


「へぇ……」


 神殿におけるお勤めとは神へのお祈りや治療活動だけじゃない。

 ボランティアや懺悔を聞いたりして周りを積極的に助けることもする。


 後悔や悩みなどを聞く懺悔は昔から神殿や教会で行われてきたことだけどそこから端を発した年寄りの話し相手になるなんてお勤めも今では結構大切なお勤めだったりする。

 大体そんな話し相手を求める年寄りは金持ちなことが多いので気に入られると寄付金が増えるのだ。


 特にエは聞き上手だった。

 おじいちゃんでもおばあちゃんでも上手く話を聞くのでご指名が入ることもあった。


 今もご指名でお話を聞いていたのである。


 適当な部屋に通されると思ったらいい部屋に通された。


「もう少しで終わると思いますのでもう少しお待ちください。


 何かお飲み物でもお持ちしましょうか?」


「お水ください」


「分かりました」


「あっ、2つお願いします」


 フィオスも呼んでおく。

 時間さえあればフィオスを出して一緒にいて絆を深めておく。


 出していても何を考えているか分からないけれど出してるだけでハッピーな感情をしていることがほんのりと伝わってくる。

 つつくともっとハッピーになる。


 撫でてもハッピーになる。


 フィオスがハッピーだとジもハッピーになる。


「幸せでいいよな」


 ムニッと両手で挟んで潰してみる。

 これでもハッピーで手に返ってくる感触が気持ちいい。


 スライムは生物として非常に不思議なものだ。


 目も鼻も口もないけど好みはあるし、嫌なものには近づかない。

 そもそも野生のスライムもあまり見るものではないのでまだよく考えると結構レアな魔物になるらしい。


「あー」


「……何してんのよ?」


 ジはフィオスを抱えて口をつけて声を出す。

 そうするとフィオスが声の振動でプルプルと震えてなかなか面白いのだ。


 これは暑い時にひんやりとしたフィオスを顔に押し当てて涼を取っていた時に思いついた遊びだ。

 小刻みにプルプルするとまた冷たくていいのだ。


 そんな風にして遊んでいるとエがお盆にコップを乗せて部屋に入ってきた。

 暇すぎて完全に油断していた。


 マビソンでなくてよかったと思う。


「何って……こうするとフィオスが喜ぶんだよ。


 魔獣との仲を深めておくのは大切だろ?」


 半分ウソだが半分はウソでもない。

 フィオスも喜んでいるといえば喜んでいるのである。


 ただの暇つぶしですとは言わない。


「……ほんと?」


「ほんと」


 疑う表情をするけどスライムのことをジより分かっている人はいない。

 フィオスに尋ねても答えは得られない以上はジの言うことを信じるしかないのである。


 確かに触れ合うことは仲を深めるために良いことだと習った覚えもある。

 フィオスにはフィオスのやり方があるのだろうとエは追及することを諦めた。


「はい、水」


「ありがとう」


 テーブルの上に水の入ったコップを置く。

 コップの表面は結露していて、汲みたての冷たい水だとそれだけで分かる。


 テーブルにフィオスを放すとコップに跳ねていってそっと体の一部を水につける。


「本当不思議ね」


 ゆっくりとコップの水が減っていく。

 飲んでいると表現していいのか分からない光景をエが頬杖をついて眺めている。


「そんで、何の用できたの?


 会いたかった……なら嬉しいけどそんなことじゃ呼び出したりしないでしょ」


 ちびちびと水を飲むジに視線を向ける。


「お前の顔が思い浮かんだんだ……」


「えっ……?」


「エしかいないって思ったんだ」


「な、なに……なに、いきなり……」


 エの顔が赤くなる。

 真面目な顔をしたジが真っ直ぐにエを見つめる。


「ま、待って……心の準備が」


「俺と一緒に……」


「ふ、あぅ……」


「ダンジョンに入ってくれないか?」


「……ふぇ?」


 一緒になってくれとか家庭に入ってくれ、ではなくダンジョンに入ってほしいとジは頼みに来ていた。

 子供部隊所属でダンジョンに来てほしい人で真っ先に思いついたのはエであった。


「魔法も使えて、回復もできる。

 周りのことをよく見ていて気配りもできる。


 それに俺が信用できる人だ」


「ふ、ふぅーん……」


「な、なんだよその顔」


「ぶぇつぅにぃ〜」

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