大人の事情とお願いと4

 本来は出入り口が1つしかない部屋のはずなのにジたちが入ってきた出入り口の反対側に扉がある。


「この扉の向こうがダンジョンである……はずです」


「はず?」


「大人では入れないので確認しようもないのです。


 しかし魔力の反応や大人が入れないこと、子供たちの噂を聞くとダンジョンであるのです」


「噂になってるんですか?」


「あ、いえ……ダンジョンがあると噂になっているのではないのですが変な噂が流れていまして」


「へぇ……その噂も聞かせてもらってもいいですか?」


「あくまでも噂で、確定的なことは何もないので報告にもあげていないものですがそれでよろしければ後でまとめたものをお渡しします」


「ありがとうございます」


「えっと、どうすれば?」


 扉も閉まっている。

 押せばいいのかどうしたらいいのか分からない。


「アカデミーの生徒会の子が試してくれました。


 入れる子だとそのまま入れます」


「そのままって……」


「とりあえず軽く手を当ててみてください」


「はぁ……」


 扉に手を当てようとしてジは転びかけた。


「おわっ!」


 扉に手を当てたはずなのに何の抵抗もなくすり抜けて数歩ヨロヨロと前に出る。

 振り返るとそこにジが通ったせいか表面が波打つように見える扉があった。


 恐る恐る扉を指で突いてみる。

 扉があるように見えるのは幻影であった。


 触れると水面を突いたように扉が波打って見えた。


 後ろを見ると少し進んだ先に下へ降りていく階段がある。

 心配は杞憂だったようでダンジョンの中に入れたようだ。


「こういうことだったんですね」


 扉から顔だけを出す。

 上半身が壁をすり抜けているので非常に不思議な光景となっている。


「やはり心配はいりませんでしたね」


「そうですね」


「あ、あの!」


「どうした、ユディット?」


「お、俺も試してみていいですか?」


「ユディットも?」


「はい。


 もし入れたら、俺も連れていってください!」


 忠誠を誓ったはいいけどこれまで騎士らしいことは何もしていない。

 ジが1人で動き回ることを好むのもあるが護衛として活動することも少ない。


 チャンスだと思った。

 己の実力を証明して騎士としても一人前だと認めてもらうのだ。


 ジがうなずくとユディットは緊張した面持ちで扉の前に立つ。

 深呼吸してユディットが手を伸ばす。


「うっ、くぅ……」


 ユディットの手はすり抜けることなく、ピタリと扉に阻まれる。

 ジは感心した。


 大人は入れない。

 ユディットは力を込めて押してみるがすり抜けもしないし扉もびくともしない。


「俺だって……役に立ちたいんだ……クソッ!


 わっ!」


「えっ!?」


 苛立ったユディットが扉を殴りつけた。

 けれどもその拳は空を切った。


 拳が扉をすり抜けバランスを崩して扉に手をつこうとしたがつこうとした手もすり抜けて転がり入るように中に消えていった。

 入れなかったはずのユディットは突如入れるようになった。


 ペズヘンもジも驚きに目を見開く。

 2人が顔を見合わせて、ペズヘンが扉に手を押し当ててみるがすり抜けることはない。


 ジがやってみるとすり抜けて中に入ることができる。


「大丈夫か?」


 結構勢いよく転がったのだろう、階段手前で頭を抱えて悶えているユディットがいた。


「は……はい…………」


 涙目になっているユディット。

 たんこぶぐらいはできているかもしれないが大きなケガはなさそうだ。


「それにしても一体何なんだ?」


 ユディットは入れなかった。

 なのにいきなり入れた。


 ダンジョンのことなんて誰にも分からないのでジにも分からない。

 ユディットが子供かどうかダンジョン側で葛藤があったのだろうか。


 子供と大人の境界にあって、入りたいという強い意志が通じたのかもしれない。


「なんだか分かりませんけれどこれで俺もお供できます!」


「……はははっ、そうだな。


 ダンジョンに入る時はユディットも一緒にお願いするよ」


「はい、お任せください!


 あっ、ありがとうございます……」


 ジが手を差し出して、ユディットがそれをとって立ち上がる。

 不思議な上下関係。


 いや、上下関係と呼んで良いのかも分からない関係性。

 ユディットはジに敬意を払い、忠誠を尽くそうとしているがジはユディットに敬意を払いながらも友達のようにも接している。


 他の騎士との主従関係とは大きく異なっているだろうがジは偉そうに命令するつもりもないし、そんな人にはなりたくなかった。

 威厳は必要でも、必要以上に偉ぶることはしない。


「まあ、強力な味方も出来たしやるだけやってみるか」


 アカデミーには知り合いもいる。

 必要だと言ってくれるなら是非とも力を貸そうと思った。

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