それは配慮のつもりだった4
ひとまず言われた通りに頬を治療する。
腫れ上がった頬を見ればなんでこうなったのか簡単に予想ができるが、なんでこんなことになったのか疑問に思わずにはいられない。
質問できる立場ではないので何も聞きはしないがジが宰相に殴られたなんて出どころのわからない噂がまことしやかに囁かれることになるのもそう遠くはない話であった。
騎士たちの治療は断って、追い出されるように神官は外に出た。
「それではお話なのですが……あの、お願いがございまして……」
「お願い?」
隠しもせず眉間にシワを寄せる。
一国の宰相ともあろうお方が貧民の子供に何のお願いがあるというのか。
面倒事の気配がする。
というかもう面倒に巻き込まれている。
「ま、まあ少し落ち着いて話をしましょう。
ちょうどよい。
入りなさい」
「失礼しま……す」
ジが乗り気でないことは見て明らかで焦るシードン。
そのタイミングでメイドさんがカートでお茶やお菓子を運んできた。
のだが1人イスに座って不機嫌な顔をしている子供と顔を腫らした騎士を後ろに控えて顔色の悪い宰相が背中を丸くするように立っている光景を見て動揺を隠せない。
「こ、こちらのソファーにどうぞ!」
執務用のテーブルの前にとりあえず置かれたイスではなく応接用のテーブルの横にあるソファーにジを誘導する。
「君、早くこちらの方にお茶をお出しするんだ」
「は、はい!」
ジもジで引きどきが分からなくなってしまった。
半分ぐらいはポーズで怒った感じを出しているのだけど尊大にも見えるこの態度を引っ込めるタイミングを逸してしまった。
子供っぽく振る舞ってもいいけどお菓子食べてニコつくのも何だかなぁと思う。
すでに騎士と一戦交えた後だし。
宰相の緊迫した態度に緊張したメイドさんの手が震えている。
「あっ!」
「あっつ!」
気分が良かったのはほんと短い時間の話だったなとジは思った。
不思議とゆっくりに見えた。
手の震えたメイドさんは手を滑らせて紅茶を何とジにこぼしてしまった。
目ではゆっくりと紅茶が空中に広がり、足にかかるのが見えているのに、体は一切動かなくてそのまま紅茶を浴びることになった。
シードンも時が止まったように感じた。
気が遠くなる思いがしながら先ほどの神官を呼び戻し、ジは再び治療を受けることになった。
普通にお招きしたお客様であってもこのような粗相をしては許されざること。
「大丈夫です……大丈夫ですから……」
死にそうな顔をしている宰相と泣きそうな顔をしているメイドさん。
ここまで悲壮感が漂うとジの方が気をつかってしまう。
悪いことが重なることは長い人生であることだ。
こうした時は悪い方に考えてはいけない。
それにここで怒るとメイドさんが罰せられてしまうかもしれない。
変な雰囲気に緊張してしまっただけ。
その変な雰囲気を生み出した一因がジであるのであまり悪くないメイドさんは罰さないであげてほしい。
「……新しく、美味しく淹れ直してくれますか?
それでいいので」
「……はい、ありがとうございます!」
「何と言葉を尽くせばいいのか……」
「俺はもういいのでメイドさんを怒らないであげてくださいね」
ジがメイドさんに怒っていないと明確にしておけばそんなに怒られることもない。
今度はちゃんと淹れてもらった紅茶を前にしてジはとりあえず話を聞いてみることにした。
帰ってもシードンは止められないが2度の治療を受けてまでここにいる以上何の話かぐらいは聞きたかった。
「それでは……ジ様でよろしかった、ですよね?」
人間違いだったら目も当てられないので大丈夫ろうと思いつつ確認する。
「そうです」
「ジ様はこの国に、この都市にアカデミーがあることはご存知ですか?」
「もちろんです」
この国にはアカデミーがある。
他の国にも似たような教育機関はあるがこの国のアカデミーは有名だった。
勉強が出来て、いろんなところと縁が繋げる。
将来の仕事も困ることもないのでジも過去には憧れたこともあった。
今回の生ではリンデランやウルシュナがアカデミーに通っている。
「……これは極秘事項なのですが現在アカデミーにはある問題がございまして」
「アカデミーに問題?」
アカデミーといえばこの国でも最も安全な場所で問題なんか起こりうるはずがない。
国の方でもアカデミーの守りには力を注いでいる。
通う者同士で問題は起きうるがそんなこと問題とは呼ばないし、外部の人間に話すことではない。
教育者でも何かの専門家でもないジに聞けることなどない。
不思議そうに首を傾げるジ。
「その問題に関してお力をお借りしたく……お招き、したのです」
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