それは配慮のつもりだった3

「申し訳ございません……」


 大の大人が揃いも揃って頭を下げる様はなんというか、情けない。

 それも頭を下げる相手は子供。


 しかも貧民の子供にである。


 前で頭を下げるのはこの国の二宰相の1人であるシードン。

 国王に次ぐ政治のトップの人間が子供相手に深々と頭を下げているのである。


 その後ろではジを誘拐した3人組も頭を下げていた。


「何かの行き違いがあったようです……


 このようなやり方を指示した覚えはなかったのですが……誠に申し訳ございません」


 顔面蒼白のシードン。

 子供を1人連れてきてほしいと命令を下して、どうして頭に麻袋をかぶせて後ろで手を縛って誘拐することになったのか。


 ジが勘違いしてしまったことも大きかったのだがややこしい配慮とそれをどうにか守ろうとしたややこしい仕事の意識が生んだ悲劇だった。


「その……騒ぎにしちゃいけないと思ったんです」


「私の指示の出し方も悪かったのです……」


 シードンが出した命令は『ジを丁重にお連れしろ』であった。

 まあ、悪人の会話なら誘拐してこいと聞こえる命令だがシードンは悪人ではなく、3人組は宰相の仕事を補佐する騎士たちだった。


 なぜこんなことになったのかといえばシードンがした配慮のおかげであった。

 ジが目立つことを避け、騒ぎになることを嫌っているのを知っていたシードンは表立って宰相が会いたがっているなんて外で伝えるとジが嫌がるだろうと思った。


 なので騎士たちに対して出来るだけ表でそのようには伝えず、周りを見て騒ぎにならないようにと命令した。


 それを忠実に守って任務を遂行しようとしたのがミラーという茶髪の騎士であった。

 宰相という言葉を出さずにどうにか一緒に来てほしいと必死に言葉を選んだ結果、ただの脅迫になってしまったのである。


 ジもジでそういう類の人だと決めてかかってしまったのも悪かった。

 悪かったけれどもっとどうとでもなっただろうに。


 ジが抵抗して逃げ出そうとした。

 マズイとミラーは思った。


 勘違いされたままだし、ジが騒いで大事になれば宰相が子供を誘拐しようとしたなんて話になる。

 それに連れてこいとの命令を遂行しなきゃいけない。


 ジが思ったよりも強くて騎士たちも手加減しきれず、ジを殴って気絶させるハメになってしまった。

 もし道中起きられたら厄介なことになるかもしれない。


 もはや誘拐とほとんど変わらぬのだし抵抗されたくないのでジの手を縛り付け、頭に麻袋をかぶせたのであった。


 お連れしましたと執務室に縛られた少年を運んできてシードンはビビった。

 こんな風に連れてこいと命令した覚えなどなく、気を失ってピクリともしないジが生きているのかすら本気で心配した。


 顔を真っ赤にして騎士たちを怒鳴りつけ、枯れた喉で謝罪するシードンはいくらか老けたように見えた。

 このジという少年は王様が友人だと漏らした相手。


 貴賤の関わりなく対等に接すべき賢さのある子だと褒めていた相手なのにこんなことになってしまって、先ほどまで赤くしていた顔から今は一切の血の気が引いていた。


 騎士たちもシードンの様子にことの重大さを理解したのか真っ青になっている。


 平和だと思ったらこれだ。

 リアーネには問題が起きた時のためにフィオス商会にいてもらっているからユディットでも連れ回すしかないのかな。


 しかしユディットはユディットでクモノイタ作りだったり、グルゼイに『人の騎士になろうってのに半端な実力で守れると思うのか?』と日々指導を受けている。

 ジとしてもクモノイタとか守っていてほしいので家の方にいてもらうと安心である。


「それでこちらに俺を呼んだ理由はなんですか?」


 ジが今いるのは王城だった。

 そこにあるシードンの執務室に連れられてきていたのであった。


 気絶していたので分からなかったが結構キツく縛られていたようで手首が結構痛む。

 殴られた頬も腫れ上がって痛いし謝られたところで機嫌が良くなることはない。


 家に帰せと騒ぎ立ててもいいのだけどこうまでして呼びたかった理由があるのだと少しだけ譲歩して話を聞いてあげる。


「そ、その前に……」


 ちょうどその時ドアがノックされた。


「治療をお受けください。


 ああ、そっちの馬鹿どもはいいんです。

 こちらの方をお願いします」


 入ってきたのは王国所属の神官。

 治療を担当している者でてっきり顔に青あざを作った騎士たちのことを治療するものだと思ったら止められた。


 ただ治療するのはイスに座るムッとした表情のジの方。

 馬鹿と言われた騎士たちは気まずそうな顔をしている。


「あっ……」


「ん?」


「いえ、なんでもありません」


 神官はジを見てハッとした顔をした。

 ジのことを知っていたからである。


 王国所属になっても神殿や教会と完全に関係を断つわけではなく、よくお祈りだったりボランティアで働いたりもする。

 神官はジが何回か大神殿に来ていたことを知っていた。


 当然神殿内でどんな扱いを受けている人かも分かっている。

 そんなジが頬を腫らしていて、宰相が平謝りしている。


 神官の中でもジが何者なのか噂が飛び交っているのに、ますます何者か分かったものではなくなった。

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