それは配慮のつもりだった2

 茶髪の男性についていく。

 細い路地に入った瞬間ジの後ろにももう1人誰かがつく。


 今いた道はお店も多くて賑わっていたが細い路地を抜けて1本隣の道に来るとガラリと様子が変わる。

 たった1本隣に入っただけなのに急激に人が少なくなる。


 地味な見た目の馬車が停められていて、御者台にもフードを深く被った人が座って待っていた。


「さ、乗ってくださ……」


「イヤだね!」


「グアっ!」


「大丈夫か!」


 誰が大人しく怪しい奴についていくと思うのだ。

 ジは茶髪の男性のスネを蹴り上げて走り出す。


 さっきはピタリと後ろにつかれていたし仲間がいるかも分からないから騒がないようにしていたが距離さえ取れるならまた人通りの多い方に戻って大騒ぎして注目を集めてしまえばいい。


「この……!」


「舐めんなよ!」


 走り出したジを捕まえようと男が手を広げる。

 すり抜けるようなジの動きに腰を落として対応しようとした男の顔をジが思い切り殴りつけた。


 元々一発かましてやるつもりだった。


 思わぬジの攻撃をモロに顔面に受けた男は後ろに転がった。

 地面に頭を打ち付けて悶絶している。

 

 出来るなら蹴りも一発ぐらい入れていきたいが逃げることが最優先だ。

 来た細い路地を戻ろうとするジ。


「逃がすか!」


 大人の足から逃げられなくても隣の道に戻ることぐらいなら出来る。

 脇目も振らずに走り出したジの前に男が降ってきた。


 ジの後ろから来てジを飛び越してきた。

 馬車の御者台に座っていた男だった。


 離れた御者台から飛び上がって一息にジの前まで飛んできた。


「手間をかけさせるな……」


「人を誘拐しようとする悪人が!」


「なに?


 何を言って……」


「そこを退いてもらおうか!」


 ジは男に殴りかかる。

 変に路地に入ってしまったのでもう押し通るしかなくなってしまった。


「チッ……」


 剣を抜こうとした男だったが丸腰で殴りかかってくる子供相手に剣も抜けずに反応が遅れてギリギリジの拳をかわした。

 だからジはフィオスを呼んで武器を構えなかった。


 とりあえず相手にあまりジを傷つけるような気配は感じなかった。

 剣を持ち出してしまうと相手も応じることになるのであえて武器を構えなかった。


 ただ荒い連中ではなさそうだが無抵抗にジを逃すつもりもなさそうだ。


「なっ、こいつ!」


 ジは服を掴もうとした男の手をしゃがんでかわした。

 その時に地面に落ちている砂を掴んで男の顔に投げつける。


 路地裏には細かい砂が吹き溜まって片付ける人もいないから十分な量があった。


 そのまま男の顔を殴りつける。

 最近少しは体格が良くなってきたから結構痛いはず。


 もう一発と殴った拳が男のアゴに入る。

 脳が揺れ男がフラリと壁に手をついて道が開ける。


「今だ……うわっ!」


「この野郎、ここまでされて逃がすかよ!」


 逃げられると思った瞬間後ろに強く引っ張られてゴロゴロと転がされる。


「クソ……」


 そんなに長いこと持たないとは思っていたけど殴りつけて地面を転がっていた男が立ち直ってしまっていた。


「このクソガキ……!


 人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって!」


「おいっ!」


 転ばされた男がジに殴りかかる。

 スネを蹴られた茶髪の男が制止しようとするが転がされた男は頭に血が上って何も聞こえていない。


「ぶっ……」


 ただ大人しく殴られてやるジではない。

 頬をかすめるほどギリギリのところでジは拳をかわした。


 同時にジは男の顔面に拳を突き出した。

 自分の力が自分に返ってきた。


 子供の力でもカウンターで決まれば大の男でもタダでは済まない。

 鼻血を噴き出しながら倒れる転ばされた男。


 拳の一部が歯に当たって血が出る。


「お、おい、スダス……スダス!」


「覚悟しやがれ!」


 ジは続け様に茶髪の男にも殴りかかる。


「ちょ……まっ!」


 人の頭は硬い。

 特に打撃を練習してきたわけじゃないから相手も痛いだろうけどジの拳も痛い。


「いい加減にしろ!」


「グゥ……!


 くっ……そ…………」


 亀のようにガードを固めてしまった茶髪の男を突破する力も倒し切る技術もなかった。

 またしても1人を相手している間に他の人が復活してしまった。


 素手での戦闘がここまで破壊力のないものだとは。

 まだ子供であり、体格も不十分である。


 最近上手くいきすぎていたジは少し調子に乗っていたことを後悔してしまった。

 命の取り合いになってもフィオスを呼んで切り捨てていれば勝機もあったかも知れなかった。


 後ろから殴りつけられたジは地面を転がって気を失った。

 御者台の男がまだ若干ふらつきながらも気を失ったジに近づく。


「お、おいおいおい!」


「なんだよ」


「こんなことしていいわけねえだろ!」


「じゃあ大人しく殴られてろってのか?」


「そうじゃねえよ!


 最後の手段は暴力じゃなくて、ちゃんと言うことだろ!」


「ふん、もう手遅れだ。


 ほら、お前は手ぇ縛れ」


「はぁ?」


「起きたら絶対暴れんだろが。


 頭に……これ被せときゃいっか」


「お、お前正気かよ……」


「もうやっちまったんだからしょうがねえだろ!


 とりあえず連れてくっきゃねえんだよ」


「ウソだろ……」


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