それは配慮のつもりだった1

 世の中には不思議なものがたくさんある。

 戦争は人と人との戦いであるが、日常では人と魔物との戦いが繰り広げられている。


 大概魔物も不思議な生き物たちであるが魔獣として契約できるようになってから魔物の研究も長いこと行われてきて、多少は魔物の理解も進んできた。

 まだ分からないことも多いが昔に比べたら色々と分かっているほうだろう。


 魔物に関わる世界でも大きな謎としてダンジョンというものがある。

 魔力の濃い場所に出来るとされている不思議空間で中に入るとどこにそんな広さがあってどうやって作ったんだっていう謎の場所が出来上がっている。


 ある時いきなりできて、いきなり消えたりもすれば、一回の攻略で消滅するものもあれば、長いことずっとあって何回も攻略できるものもある。

 ダンジョンにはダンジョンで発生していると思われる魔物が住み着いていて、倒すと魔物の素材とかアイテムを落として消えていく。


 これもまた不思議でダンジョンは謎多きものなのだ。


「プハッ……」


 頭にかぶせられた麻袋を取られて暗さになれた目がくらむ。

 何かやたらと緑臭い麻袋のせいで呼吸も苦しくて、苛立ちが抑え切れない。


「おいっ!


 何やってるんだ!」


 いきなり怒号が飛んでいるけどそれはジに対してじゃない。


「誰がこんなことをしろって言った!


 早く手を解くんだ馬鹿者!」


 目の前にいる老年の男性はジの後ろにいる男たちを怒鳴っていた。

 ジの後ろにいる男たちは顔を腫らしている。


 男たちは顔を見合わせて苦々しい顔をしているがそれも当然の話である。


 ーーーーー


「順風満帆だな!」


 ヨージュの工房との提携が始まって作業効率は大幅に向上した。

 ヨージュの工房は本当に優秀で品質良く手早く部品を作ってくれていた。


 おかげでかなり作業が早くなった。


 あとはもうちょっと職人がいれば十分な早さを確保できるはずだ。

 ジの記憶通りならしばらくは平和な時が続く。


 お金の余裕もあるしのんびりと過ごせそうだと思っていた。

 注文の方も落ち着いてきたのでお店の方はみんなに任せてジは家路についていた。


 ちなみにお店には孤児院で計算が得意だった子も見習いとしてメリッサに色々と教えてもらっていた。

 メリッサも妹ができたみたいと嬉しそうに先生していた。


 すぐには無理でも完全に安定するまでさほど時間がかからなそうである。

 安定してきたらもっと考えていることを先に進めるべき時が来るはず。


 双子に何か甘いものでも買って行ってやろうかと思って焼き菓子のお店を眺めていた。


「ジさんですね?」


「……誰ですか?」


 どれを買おうかまさに決めたところだったのに、背後から声をかけられた。

 気づかなかった。


 警戒は怠っていなかったのに気づくことができなかった。


「こんなところで目立ちたくはないでしょう?


 少しばかりついてきていただけませんか?」


「それは強制ですか?」


「特別強制はいたしませんがとある方がお呼びでして。


 騒ぎになるのは君にとっても良くないことだと思いますが」


 ガラスのディスプレイに反射する姿を見ようと試みるがフードを被った姿が歪んで見えて顔はよくわからない。

 声から男なことは分かるがそれ以外何も分からない。


 襲われる理由にも心当たりがない。

 襲いそうな人物にも思い当たらない。


「もし拒否したら?」


「あなたの望まない手を使うしかありません」


 結局ジに選択肢はないではないか。

 こんなところで暴れれば周りの人も無事で済まないかもしれない。


 日常をただ過ごす人たちを騒ぎに巻き込んでしまうことは心苦しい。

 人混みを利用すれば逃げられるかもしれないけどこんな白昼堂々と脅しかけてくる連中はマトモじゃない可能性が大きい。


 知らない人にナイフを突きつけて脅すことまではしないと思うけれど逃げたら丁寧に道ゆく人を避けながら追いかけてくるとは思えない。


「何が目的だ?」


「ある方がお呼びなのです。


 少しついてきてもらえればすぐに終わりますので。


 悪いようにはしませんので」


「悪いようにはしないだって?」


 鼻で笑うジ。

 本当に悪いようにしないならこんなやり方しなくてもいい。


 そもそもこんな脅すようなやり方している時点で悪いようにしているではないか。


「こんなところで突っ立っていても目立つだけでしょう。


 どうなされますか?」


 昼間からこんなことをしておいて目立つことを避けたい発言が目につく。

 矛盾した発言。


 目立つのが嫌なら逃げてしまえばいい。


「……どこに行けば?」


「すぐ近くに馬車を止めてあります。


 乗れば近くですよ」


 ここで逃げて騒ぎになるのは避けたかった。

 この間も貧民の泥棒扱いされて追いかけられても誰も助けてくれなかったし、人通りの多い平民街で悪目立ちしすぎると商売に響くかもしれない。


 また今度来ますと焼き菓子屋に告げてジは振り返る。

 身長が低いとフードを被っていても下から覗き込むことができるので、そこだけは便利だと思う。


 茶髪の若い男性。

 真面目そうな顔をしていて、とても人を脅すような人物には見えなかった。

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