抱えすぎも厳禁です3

「いい考えだ」


 ノーヴィスは腕を組みながら柔らかな笑顔を浮かべてジの提案を受け入れた。


「前々から思っていたがお前さんは抱えすぎだ」


「……抱えすぎですか?」


「そうだ。


 自分でなんでもできることは悪いことじゃない。


 だがな、人には限界ってものがある。

 抱えすぎればそのうち手からこぼれ落ちちまうんだよ」


 ヨージュの工房と大きな工房の関係を聞いた時ジは目から鱗が落ちた気分だった。

 分業というやり方が頭からすっぽりと抜けていたからだ。


 こうした事業をやる上では秘密の保持やなんかのために外に頼むのではなくて、自分のところになんとかしなきゃいけないと思っていた。

 思い込んでいた。


「お前さんは今は上手く持っちゃいるが今にも溢れそうで危うい感じもあるんだ」


 少し心配したような表情のノーヴィス。


「必要に迫られたら誰かを頼ることも必要だが、余裕がある時にも少し誰かに自分の荷物持ってもらうことだって悪いことじゃない。


 やれるからってなんでも自分で抱えて、なんでもやらなきゃいけないわけじゃないんだぞ」


 咎めるような声色ではない。

 ジを思って、真面目に忠告をしてくれているのだ。


「……そうですね。


 ただ今は俺が踏ん張る時なんです。

 これを乗り越えて、その後は……」


「その後は?」


「みんなに任せて悠々自適に暮らすんです」


「……ふふ、それはいいな」


 のんびり、まったり、ゆっくりと。

 過去ではジは生きるため日銭を稼ぐのに日々を追われて、何も見つめることもないままに歳をとった。


 今はかなり大変だけど早いうちに安定させてしまえば後はそんなに苦労することもなくお金を稼いで暮らしていける。

 毎日お茶だけすすって生きてもいいし、フィオスを枕に夕方まで寝ていても怒られないような、そんな堕落した毎日を送りたい。


 何を目標にガムシャラになっているのか気になっていたノーヴィスだったがジの思わぬ野望に笑ってしまった。


「それであちらさんは?」


「葛藤はあったみたいですけど最後はお孫さんのヨージュが説得してくれました。


 今はもう乗り気ですよ。


 こっちが今大注目のフィオス商会だと知って」


 ヨージュの工房は仲裁制度の申し立てを行い、仲裁官が両者の間に入った。

 どう見ても不当な請求だったので大きな工房の要求は退けられたが戦争などの影響はどうしてもあるのである程度の値下げは避けられなかった。


 しかし、ヨージュの工房は驚きの提案を返した。

 今ある材料までの部品は作ってしまうのでそれはこれまで通りの値段で買取を行ってもらい、そしてそれで契約は打ち切り。


 今後は大きな工房の仕事は受けないと言ったのである。


 元よりその値段で買い取ってもらうこと前提に材料も渡していたので元の値段で買い取ることは当然だと判断され、作り終えてから契約を更新しなくても損害はなく違約金もない。

 慌てて元の値段でこれからも契約を続けたいと申し出た大きな工房だったがヨージュの工房の意思は変わらなかった。


 不当ではない要求を仲裁官の前でされてしまった。

 受け入れるか、それともヨージュの工房が気を変えるような新たな提案をするか。


 もう信頼関係はない。

 ヨージュの祖父が交渉の場で言った言葉を最後に、この両工房の関係は完全に終わりとなったのであった。


 これでヨージュの工房も仕事がなくなり路頭に迷うところだったのだが、もう次の仕事は見つけてあった。


 ヨージュの工房はなんとガルガトから貰ったリストに載っていた。

 腕が良く、信頼もできる職人が集まった工房だが長年の関係に依存したために交渉力がなく取引先の一存で困難な状況にある工房であると書かれていた。


 ガルガトがただ腕がいいだけで工房をリストアップすることはない。

 理由があるはずで、つまりはこちら側に引き入れられる可能性が高いからリストに載せたのだろうとジは思った。


 ヨージュの話を聞いて工房や職人を直接傘下に置かずとも馬車に必要な部品を作ってもらい、それを受け取ってクモノイタを組み込みながら組み立てることができると考えた。

 そのような仕事をヨージュの工房はしていたし、馬車の部品でも製造するのはなんの問題もなかった。


 ノーヴィスやメリッサと相談もしながら、ヨージュの工房の方にお邪魔してヨージュの祖父とも交渉を重ねて、大きな工房と契約を打ち切る前に話は固まっていたのであった。


 ただ一度傷ついた人の心は頑なだった。

 そこで裏切らないという信頼のために1つの交換条件を飲んだ。


「アニキ、お水のおかわりはいかかですか?」


「ああ、もらうことにするよ」


「はい!


 今持ってきます!」


 ヨージュをノーヴィスの工房で弟子に迎えることにした。

 弟子となればほとんど家族のようなものだ。


 ノーヴィスの工房とヨージュの工房で婚姻を結んだような、そんな関係になる。

 ヨージュはノーヴィスの工房で手伝いをしながら腕を磨いている。


 ジのことをアニキと呼ぶヨージュは工房でも既に手伝いをしていたので簡単なことなら出来るし覚えも悪くなかった。


 そしてヨージュの工房の方には孤児院の子供たちを派遣して部品を作る手伝いをしてもらいながら職人としての作業を教えてもらうことになった。

 向こうのほうが職人も多く、直前までヨージュに教えていたように教えられる。


 ちなみに孤児院の子供たちはジが雇っている形になるので給料も払っていた。

 孤児院の借金の返済もジが出したので子供たちがその給料から自分たちでいくらかをジに返していたりもした。


「あとは個人の職人を何人か雇うつもりです」


「こっちも早く楽になりたいもんだ」


「まだまだ働いてもらいますよ?


 俺がまったり出来るまで」


「これまで工房は暇だったからな、その分働くとするさ」


「アニキ、水をお持ちしました!」


 頼もしい工房を1つ味方につけることができた。

 今ごろあちらではこちらがお願いすることになる馬車の量に目を回しているかもしれないと思いながら汲んできたばかりの冷たい水を飲んでいた。

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