大人の事情とお願いと1

 アカデミーは王城からもそれほど遠くない場所にある。

 元々国の研究機関であったところで王家が直接支援をしていた場所なので場所的にもいいところにあるのだ。


 大きな学校と広い敷地は過去のジが近寄ったこともないところだった。

 ジは結局シードンがしたお願いのためにアカデミーを訪れていた。


 側にはユディットがいて緊張で固くなっている。

 すぐにお願いは承諾せずにしばらくアカデミーに何か起きていたかの記憶を思い出そうとしてみたけれどジの頭の中にアカデミーの情報はなかった。


 情報統制がしっかりしているのかアカデミーに関しては内部の話が全くも言っていいほど聞こえてこなかったような気がしていた。

 最終的な判断は学長の話を聞いてみて決めようと思った。


 いきなり訪ねてみたが話が伝わっていて、ジは警備兵長がわざわざ出てきてアカデミーの中を案内された。

 服装などで差が出ないように皆が制服を着ている中で濃紺のローブで歩くジはジロジロと視線を向けられていた。


 規則に厳しい警備兵長は顔もちょっと怖いのでみんな恐れているのだけど、そんな警備兵長が案内しているジにみんな興味津々だった。

 当然ユディットも注目の的で、綺麗な服を用意したのでしっかりとした護衛には見えるが同時に護衛にしては若くも見えたので不思議そうな視線が向けられて本人はどんな表情をすべきか分からなかった。


「学長、お客様です」


「どうぞ」


 控えめにノックをしてドアを開ける。

 警備兵長は入らないらしく、ジとユディットだけが中にいると静かにドアが閉められた。


「ようこそ、アカデミーへ。


 ご足労いただき、ありがとうございます」


「いえ、栄えあるアカデミーを見てみたいと日頃から思っておりましたので」


「ふふっ、どうでしたか?」


「廊下を歩くだけで知性に磨きがかかりそうです」


「冗談がお上手ですね」


 入ってきたジを見て老眼鏡をそっと机に置いた老年の女性。

 アカデミーのことは知らなくてもアカデミーの学長をしているこの物腰柔らかな笑顔を浮かべる女性のことは聞いたことがある。


 女性初のアカデミーの学長となり若かりし時には魔法において天才と呼ばれていた。

 現国王の教育係としても活動をしていて、王座につくときにもその力を貸した。


 かつていたとされる水のドラゴンの名前になぞらえてスファラタスと異名を取る水系の魔法使い。

 

「かのスファラタス、レディーオロネア様にお会いできて光栄です」


「あらあら……ご丁寧にどうもありがとう。


 今時私のことをスファラタスなんて呼ぶ人はいないというのに」


「私はジです。


 こちらは私の護衛のユディットです」


「は、はじめまして!


 ユ、ユディットと申します!」


 護衛として失礼がないように、とリアーネにも散々言われたユディットは柱のように真っ直ぐに姿勢を正している。


「よろしくお願いします、ユディットさん」


「は、はい!」


「それで、簡単には話は伺いましたが今一度お伺いしてもよろしいですか?」


「もちろんです。


 お飲み物でも持って来させるのでくつろいで話を聞いてください」


 執務用の学長室には来客用のテーブルやイスは置いていない。

 なので部屋を移動してオロネアの話を聞くことにした。


「主任のペズヘンです。


 よろしくお願いします」


 第一会議室と書かれた部屋には中年の男性がすでに待っていた。

 入ってきたジを見て優雅に頭を下げる様を見るとペズヘンも貴族身分の人だと分かる。


「ユディットさんもお座りください」


「いえ、私は大丈夫ですので」


「……真面目な方ですね」


「自慢の俺の騎士です」


「会長……」


 ユディットがキラキラとした目をしてジを見る。

 主人になるには若く、騎士になるには若い。


 不思議な2人だがユディットが未熟であっても心からジに忠誠を尽くそうとしていることは簡単に分かる。

 今時こんな真面目に心からの騎士になろうとしている人は珍しくオロネアは微笑ましい気持ちになった。


 ユディットはジの斜め後ろに立ったままということになった。

 緊張とは違う、どこか誇らしげな顔をしている。


「シードンからある程度話は聞いていると思いますが改めてご説明しましょう。


 現在このアカデミーは大きな問題を抱えています」


 オロネアが話し始める。

 これほどのことならば噂があってもおかしくないと思ったのにジの記憶にもない、アカデミーの問題が語られた。


「アカデミーの地下にダンジョンが発生したのです」


 都市のど真ん中の、子供たちが集まるアカデミーの下にダンジョンが出来た。

 想像していた問題とは大きく違っていてジもとても驚いた。


 ただしダンジョンが発生しただけならジに相談することはない。

 確かにダンジョンには危険が伴うが適正な管理を行えばブレイクを起こして魔物が出てくることもないし、一度攻略すると消えてしまうインスタントダンジョンという可能性もある。


 噂が聞こえて来なかったのならこのダンジョンとやらは攻略されて消えてしまったインスタントダンジョンなのではないかとジは考えた。

 優秀な騎士や兵士も多いことだし国の方で一回攻略でもしてみればいいのにと思っていたがどうにも事情があるらしい。

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