人には言えぬ友人よ3

 何を違和感に思ったのか分からず、周りをキョロキョロと見渡す。

 今いるのはなんの変哲もない貴族街。


 やや平民街に近いので家の間隔は近く規模も小さくなっているが家々に違和感を感じるものはない。


 道の真ん中にいるのが怖くて壁に身を寄せる。

 少なくともこれで後ろから襲われることはない。


「そうか……!」


 ようやく気づいた違和感の正体。

 人がいないのだ。


 ジが帰る頃には人も動き出している時間でいつもなら道行く人がそれなりにいるはず。

 特に細い道に入ったのでもないのに人っ子一人いないのである。


 おかしい。


 空は雲一つない快晴で風も穏やか、気温も暖かで気分のいい朝だったのに一気に不穏な空気に包まれる。


 こんな街中で襲いかかってくる人を頭の中で思い浮かべようとしてみるが1人も思い浮かばない。

 どうやって人をどかしたのかも分からず、不安だけが募っていく。


「よく気づいたな」


 ひどくしわがれた声が聞こえた。

 聞き覚えのある声の方にジは振り向いた。


 真っ黒なクロークに身を包み目深にフードを被った男がいつの間にか道の真ん中に立っていた。


「もうちょっと人気のない路地にまで案内するつもりだったが思いの外早く気付かれてしまったな」


「たまたまです」


「そのたまたますら出来ないお前以下の者が世の中にどれほどいるか」


「お褒めに預かり光栄です」


「褒める?


 そうだな、確かに褒めたな」


 知っている人だからと安心できる人物ではない。

 逃げるに逃げられない位置にいることになってしまい、自分で壁際に寄ってしまったことを後悔する。


「それで今日はなんの御用ですか?」


「なんの用だと思う?」


「はい?」


 声色が変わらないのでそれが冗談で聞いているのか、本気で聞いているのか分からない。

 ただガルガトはそんな冗談を言う人ではなかったとジの記憶の中にはある。


 けれど殺しに来たならもうジは死んでいる。

 聞きたいことがあるならもう聞いているだろうし、ガルガトに調べられないこともないはずだ。


「お、俺を殺しに……?」


 考えが一周して、二周して、訳分からなくなった。


 あまり待たせるのも悪いと思って最初に考えたことを口にした。


「なんだと?


 私に殺されるようなことをしたのか?」


「い、いえ!


 してないですけど……


 わざわざ俺に会いにくる理由も分からないので…………」


 会いにくる理由がわからないから殺しに来たんでしょっていうのも結構な飛躍であるが前にガルガトを誤魔化すためにそれっぽいウソをついたことは忘れていない。


 可能性として王弟が手を出そうとしていると思っていたがもしかして全く手を出していなかったのならガルガトの逆鱗に触れている可能性はある。


「ふふん。


 殺しに来たのではない」


「そ、そうですか」


 ガルガトがわずかに笑った、気がした。


 まずは安心。

 気を緩められはしないけれど今すぐに殺されることはない。


 ただし、ならどうしてジにこんな昼間から会いに来たのかの理由はいまだに不明だ。


「礼を言いに来た」


「お礼ですか?」


「そうだ。


 お前のおかげで花は健やかに、上手く移し替えることもできた」


「あっ……」


 ガーデニングの話ではない。

 これはおそらくガルガトの家族の話だとピンときた。


「相手が誰かまでは捕まえられなかったので分からないが危機を乗り越えられたことは確かだ。


 直接礼を言いたくてな」


「分からなかったんですか?」


 捕まえて相手が分かったから礼を言いに来たのかと思ったのに。

 捕まえてもいないのに相手がいると何故分かったのだ。


「そうだ。


 礼のついでに疑問に答えてやろう。


 周りの怪しい者を調べようとしていたのだが王弟が非常に不利になると姿をくらませたものがいたのだ。

 怪しい動きもなく、特に問題も起こしていなかったのに失踪者が数人同時に出た。


 王弟がやっていたとまでは断定できないがそこに近い者が指示を出していたことは推測できる」


 どこの勢力かまでは知り得ない。

 もしかしたら本当に王弟がガルガトについて調べていたのかもしれない。


 あるいはもっと他の勢力が調べていたことも考えられる。

 王弟が不利になったから姿をくらませたことも実はタイミングが重なっただけでガルガト本人が動き出したことを察知した可能性もある。


 けれども不自然に人が失踪した。

 問題を起こしたこともない者がいきなり消えたのだ。


 1人2人なら時としてあり得る。

 しかしそれを超えた人数が消えた。


 さらにもっと大きな視点で見ると違和感がよく分かる。

 失踪していた人は同時にいなくなったのに大量失踪が立つことすらなかった。


 なぜなら消えた人の住まいや生活域はそれぞれ異なっていたからである。

 同じ町の中でも散らばるようにそれぞれ一定の距離を取った場所に住む人が消えていた。


 まるで意図的に集まることを避けたように散っていたのだ。

 だから何人も失踪してもそれぞれのコミュニティの間で噂になっても他の失踪話が出てこない。


 計画的、組織的なニオイを感じた。

 見つけたからではなく、何も見つからなかったからこそ何かがいたのだとガルガトは思った。


 それだけの失踪者が出てガルガトにも尻尾が掴めなかったのだから並の相手でないことだけは確かな話だった。


 ジに感謝しなければならない。

 ガルガトすら知り得なかった隠された敵を見つけることができたのはジのおかげだった。


 より警戒を強め、正体の見えない敵をガルガトは追いかけ始めた。

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