人には言えぬ友人よ1

 王様としてはタイミングが良かった。

 この度表沙汰になったマクウェル商会における闇の賭博場の露呈は戦争で深くなった影の部分をさらう口実となった。


 賭博場だけでなく薄ら暗い犯罪を今回の機会に一掃して戦争によって出来た隙を潰してしまおうと考えた。

 捜査の手は方々に伸びた。


 結局直接イナーズ教までつなげることは出来なかったけれどイナーズ教で改心したとされる犯罪者が多く再逮捕されたことでイナーズ教の立場もかなりマズいものとなった。

 純粋に救済を目的とした宗教だったらまた何十年と積み重ねれば信頼を取り戻すこともあるだろう。


 一応イナーズ教にも捜査は入ったらしい。

 不可侵であったはずの領域に踏み込まれて、宗教関係者は大いに憤ったがそこまで深くは捜査しなかったし口を出してイナーズ教の味方であるように見られるのが嫌で誰しもが静観を決め込んだ。


 越えてはならないラインを越えたことによる宗教に対する警告と決して聖域ではないのだという前例を作ることにも成功して王様は満足げだったとか。

 そんな宗教関係者と一部の商会関係者に影響が広がっているとはジはつゆ知らず平穏な時間を取り戻した、とはいかなかった。


 王様、商人ギルドのギルド長、4大貴族と馬車の予約をしていった。

 静観していた貴族たちも訪れ始め、予約をしようとしてもはやかなり先の納品になってしまうことを知った。


 手に入らないと知ると手に入れたくなる。

 貴族たちがこぞって押し寄せるようになって完全にキャパオーバーだった。


 そんな状況なのに王様は宣言した。


 戦争の終了。

 王様の勝利を。


 王弟は追い詰められてもなお抵抗を続け、逃げては兵力を集めてを繰り返していた。

 そんな力や資金がどこから出てくるのか疑問ではあるが予想はつく。


 必死に抵抗を続けていた王弟だったが、王様は冷静に王弟を追いかけ、王弟側についていた領地も同時に支配下に置くようにしてきた。

 とうとう王弟は姿を消した。


 勝利の目がないことを悟って国外に逃亡したのだと思われた。

 見捨てられた末端の兵士たちは無慈悲な最後を迎えた。


 終戦は悪いことではない。

 良いことなのだけど。


 祝勝ムードは人の財布を緩くする。

 祝いの宴が開かれることも決定して、明るい見通しにみな浮かれていた。


 そのような浮かれた雰囲気もあってフィオス商会は注文が殺到していたのだ。

 連日遠くからも人が来るのでメリッサだけでは足りなくてジも対応に当たっていた。


 子供が対応すると嫌な顔をする人もいたがジが思いの外にマトモだとすぐに受け入れた。


「しかしどうしたものか……」


 予約が多いのはいいことだけど問題は作る方が全く追いついていないことである。

 やはり生産体制の拡充は急務である。


 けれど職人を雇い入れるのは簡単なことじゃない。

 フリーの職人はそこら辺にいるものではない。


 というのも職人は大体どこかの工房に所属しているのだがそうした工房は自分のところの職人が他に行くことを嫌がる。

 独り立ちならともかく別の工房に行くことは基本的に許されずに本人と移動先の工房の合意があって、正当に元の工房をやめても引き抜きだとみなされ冷や飯を食わされる。

 

 技術の流出や人が離れられる工房だと見られることを嫌うためにそうなっているので他の工房から人を抜いてくるのは厳しい。

 またフリーになる職人もそうした事情があって他の工房にいけない。


 なので国や地域を変えるか、他の仕事につくかでフリーの職人ですと言って活動してる人は極端に少ない。


 フリーの職人を探せないなら次に思いつく方法は工房ごと合併吸収してしまうことである。

 手っ取り早く多くの職人を雇い入れることができるのだがこれもまた問題がある。


 工房の人間全員雇わなきゃいけない。

 例えば会計を担当する者がいることだってある。


 1つの工房で分担して別々のものを作っていれば馬車を作ったこともない職人が混じっていることもある。

 職人なら馬車を作ることも慣れるのも早いだろうが自分の作ってるものに高いプライドを持つ人もいて、拒否されることだって考えられる。


 ノーヴィスの工房は決して大きくない。

 ほとんどの工房がノーヴィスのところよりも規模が大きいために合併される先の工房が嫌がる。


 さらにはやはり信用問題がある。

 今やフィオス商会は注目の的。


 どのような商品をどのように作っているのか知りたくてたまらない人も当然にいる。

 大きな人数を一気に雇い入れることはそれだけ情報統制や物品の管理にリスクを抱えることになる。


 クモノイタは商人ギルドで特許として保護されているので持っていったり他に情報を売れば一生この国で商売出来なくなることあり得るが、それを厭わないで手を出してくる人もいないなんて考えてはいけない。


 警戒はしなきゃならないのだ。


「ちょっとお痩せになられました?」


「ちゃんと食べてんのかー?」


「食べてはいるよ……


 でも忙しくてね」


「私も早く馬車がほしーよ」


「悪いがもうちょっと待ってくれ」


 ジは貴族街にいた。

 オランゼのゴミ処理事業における一部はジの担当のままである。


 朝ジが来るとリンデランとウルシュナの2人がいるのもいつの間にか習慣になっていた。

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