良き縁

 この日記を読む者に慈悲があるなら、どうかこの日記を燃やしてほしい。


 本当なら自分がくたばる前に処分すべきだったのだけど自分の歩んできた人生を、子どもたちの成長の記録を自分の手で処分することができなかった。

 別に読んだって構わない。


 ただもしこの日記を見つけたのがリアーネなら読まないでほしい。

 あなたはきっと優しい子だからさ。


 他の日記にはこれは誰それは見ないでほしいとかそんなふうに書いているものがあった。

 しかし1番始めに書かれていたこれをリアーネは読まずに中身に入ってしまった。


「この剣はシスターがくれたものなんだ」


 リアーネが厚めで大ぶりな自分の剣を見つめる。

 一人立ちして自分の稼ぎでやっていけるようになったのに、ようやく大人になったのに、どうしてジの前ではこんな風に子供のように自制が効かなくなるのか。


 まだ少年と呼んでもいい年頃の男の子の胸を借りて泣きじゃくった恥ずかしさをごまかすようにリアーネは話を始めた。

 今となっては表面に傷も多いリアーネの剣はシスターがプレゼントしてくれたものだった。


 孤児院で育ったリアーネは女の子はあまり働き先がなく、そのままシスターとなるような子が多い状況でシスターになることは嫌だった。

 別に神様を信じていないとか誰かに献身するのが嫌なのではなく、何も挑戦しないで流されるままにシスターになるのが嫌だったのである。


 飛び出すようにして孤児院から出て行ったリアーネだったのだがシスターに教えてもらって計算は軽くできたが頭は良くない。

 体もデカくて愛想もいい方じゃない。


 可愛げがあればよかったんだろうけど跳ねっ返りだったリアーネは可愛げを出すこともできなかった。

 それに愛想を振りまいてお金を稼ぐつもりもなかった。


 そんなリアーネが選んだ職業が冒険者だった。

 身1つで生計を立てられると思ったし、腕っぷしには自信があった。


 ただ身1つじゃどうにもならなかった。

 武器や防具は必要だし、魔物や外で活動する知識を覚えること、他の冒険者との兼ね合いやパーティーを組むためにコミュニケーションも取ることが求められた。


 リアーネは女性としても体が大きく力が強かったのでなかなか合う装備もなかった。

 特に剣がリアーネには合わなかった。


 少し冒険者として活動出来るようになってリアーネが魔獣と契約を交わすとより力が出るようになった。

 剣が曲がったり折れたりしてダメになることも多くてリアーネは万年金欠だった。


 ひとまず生活ができるようになってリアーネは時折孤児院に帰ったりもしていた。

 しかし剣を無くし、傷だらけで帰ってくることもあるリアーネのことをシスターはいつも心配していた。


「デカくて誰も使わないから安く買えたとか言ってたのにさ……


 信じた私もバカだったけど……」


 ある時シスターはリアーネに剣をプレゼントした。

 大きくて丈夫な剣で、女の子に持たせるにはどうかと思ったけれどとにかく頑丈なものを1つ持っておいたらいいとシスターは考えたのだ。


 シスターは大きくて扱う人がいないので武器屋の隅で埃を被っていたので非常に安く手に入ったと言っていた。

 しかし実際は言うほど安くもなく、たまたま春夏の豊作で孤児院に余裕があったので、シスターが個人の物を売り払って購入した物だった。


 そこまでは別によかったのだ。


 けれどその年は春夏の豊作の反動のように冬は厳しいものになった。

 寒さが厳しく、燃料の値段が非常に高騰した。


 孤児院にあった余裕はあっという間に吹き飛び子供たちは凍えて過ごすことになった。

 普段ならこういう時はシスターも個人の蓄えからお金を捻出して乗り越えようとするのだけれど、リアーネに剣をプレゼントしたばかりで蓄えもなかった。


 冬を乗り越えるためにどこからかお金を持ってきて凍えぬ夜を過ごせるようにしなければいけない。

 ケルン子爵はそこまでしなくてもいいと言ったのにシスターは必要なことだからと孤児院を担保にした。


 タイミングが悪かった。

 誰がこんなに厳しい冬を迎えることを予想しただろうか。


 大切なのは孤児院そのものよりもそこに住まう子供たちの命である。

 

 このことにリアーネが悪いことなど1つもなかったのだけれど、結果としてリアーネの剣を買ったから冬を乗り越えきれずに孤児院を担保に借金することになったように見えた。

 どうせ毎年キツかった冬なのだけど自分のことがなければ孤児院を担保にすることもなかったのではないかと思ってしまう。


「……それなのに私はなんも知らなくてさ」


 もし、もしこれをリアーネ、あなたが見てしまってもあなたが気に病むことはないよ。

 どうにもあなたは優しすぎてこれを見てしまったら自分のせいだと自分を責めることでしょう。


 ですがこれはあなたのせいじゃありません。

 そのような時、そのような神の試練だったのです。


 どうしても申し訳なく思うことがあるのなら1つだけお願いがあります。

 あなたはもう孤児院から離れた身ではありますが、時々でいいので孤児院のことを気にかけてあげてください。


 願わくばあなたに良縁でもあればと思いますが自由に楽しく生きてくれるなら私はそれで良かったと思います。


「………………シスター」


 まるでリアーネがこの日記を読むことが分かっていたかのような言葉が最後に綴られていた。


「頼む。


 ジ、お前なら何とか出来ると私は信じてる。

 人任せにするのはどうかと思うけど私じゃどうにも出来ないんだ……」


「うん、頑張るよ。


 でもさ、俺の力だけじゃなんとかは出来ない。


 これはみんなで何とかするんだ。


 リアーネ、リアーネにもやってもらうべきことが絶対にあるから」


 その直後リアーネはケルン子爵の元に走ることになる。

 ジ1人の力ではない、リアーネだけの力でもない。


 それぞれが全力を尽くして短い時間の中で努力をしたのだ。


「分かった、ありがとう……」


 ジとの出会いもまた1つの良縁であったのではないか、リアーネはそんなことを思った。

 回帰前の過去では戦争で命を散らした女傑リアーネは良縁に出会い、全く異なった人生を歩んでいた。

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