英雄、暗殺王2

 自分のパーソナルなデータを聞かされるのはあまり気分が良くなかった。

 間違ってるもんでもないので素直に肯定する。


「どうやってガルガトのことを知った」


「方法ですか?


 それとも経緯ですか?」


「どちらもだ、くだらないことを言っていないでさっさと話せ」


 過去で知っていて回帰したんですなど他人に言える話ではない。

 言ったところで信じてもらえないしくだらないウソだと思われると殺されてしまう。


 だからガルガトの名前を出した時から考えていた。

 どうしたら上手く誤魔化せるかと。


「俺のことを調べて知っているのですよね」


「当然だ。


 そちらが知っているのにこちらが知らないのは不平等だからな」


「……子供たちが誘拐された事件はご存知で?」


「知っている。


 確かお前も巻き込まれていたな」


「なら話は早い。


 誘拐事件の黒幕は王弟側の人なんですが、彼らがやろうとしていたことは子供たちの誘拐に留まりませんでした」


「……それは初耳だな」


「子供たちの方でバレてしまったので未遂に終わりましたからね。


 ともかく俺たちは囚われていたのですが子供だと思って油断したのでしょう、ベラベラと目の前で計画について話していました」


 例え子供の前でもそんな不用心なマネをすること人なんて程度の低い奴しかやらないがそれを確かめることなんて誰にもできない。


「情報屋については前に来たことがあるので知っていました。


 だから会話の内容を聞いてガルガトが情報屋についてのことだとピンと来たんです」


「なぜ情報屋について知っていたかも疑問だが今はそこは触れない。


 なぜそいつらはガルガトについて話していた」


「王弟側で情報屋を引き込もうとしていた、そんな話だったと思います」


「……続けろ」


「その中でガルガトという名前が出てきたんですけど、問題はどうやって引き込もうとしていたか、気になりませんか?」


「……なんだと?」


「代わりにあなたの名前を出してことを優位に進めようとしたことお許しいただけると幸いです」


「私がガルガトだと分かっていたのか?」


「ガルガトを引き込むために相手も細かく調べていましたから……」


 少し顔を隣のベンチとは逆に向ける。

 顔を見られるとウソとバレるかもしれないからちょっとした小細工。


「許すか許さないかは聞いてから決めよう」


「わかりました。


 あいつらは最後にこう言っていました」


『薄紫の花を見つけた。


 紫の花と共にいる』


 一瞬ガルガトが息を飲んだ。

 そしてジの胸が苦しくなるほど重たい殺気が放たれた。


「グッ!」


「言え!


 それをどこで聞いた!」


 衣擦れの音すらしない。

 ジの目の前にいつの間にか立っていたガルガトはジの首を掴んで持ち上げた。


 立ち上がると非常に背が高く、持ち上げられたジは足が地面に届かない。

 足をバタつかせて抵抗するけれどガルガトの力は凄まじく抵抗が全く意味を成していない。


「だから……王弟側の奴らが……話してるのを聞いた…………」


「…………どうしてそれが私に関することだと思った」


「ガルガト……弱点だと…………言って」


 首を絞められていてはまともに答えることもできない。

 絶え絶えに答えてガルガトの反応を待つしかない。


「うっ!」


 パッとガルガトが手を離し、ジは地面に落下した。

 お尻を打ち付けて頭まで衝撃が駆け抜ける。


 優しく降ろしてくれることを期待してはいなかったけれど子供に対して容赦がなさすぎる。

 咳き込むジのことをフードの奥からジッと見つめる。


 子供にしては堂々としていてまるで大人のように冷静。

 だけど調査の結果ジは異常な才能があるがどこかで特殊な訓練を受けてきた子供でもない。


 ジの養父も変わり者だが特別な人間でもなく、並外れた才能を持つ子供という評価からは逸れることがない。

 ガルガトのことはトップシークレットの秘密。


 情報屋のトップのことだから知っている者は限られることで、これまで貧民街で生きてきた子供が知るはずもない。

 そして薄紫の花の話はさらに徹底して隠してきたこと。


 子供どころか情報屋の中でだってガルガトが信頼を置く数人しか知り得ないことであった。


 ジが知れることではない。

 それこそ王弟のような力のあるものが調べ尽くさねばいけないほどの情報。


 疑いは多い。

 子供の前でも秘匿された情報を手に入れられるほどの奴らが口に出して話すのかとか、ジがガルガトと情報屋を結びつけられるほどの知識があったことなど説明できていないことはある。


 けれどもそのような情報を手に入れられる人はこの国にはほとんどいない。

 疑いがあってもジがしたような説明以外で知ることなんて出来るはずがなかった。


「……君がくれた情報は私にとって重要なものだ。


 本当ならば君を許すだけでなく私は君に恩すらできる」


 ガルガトは懐から紐でまとめられた紙の束を取り出してベンチに置く。


「こちらでも君の言ったことを調べよう。


 もし少しでも本当の可能性があったなら1つ君に借りが出来たことになる。


 これは君に言われていた調査の報告だ。

 費用も全て私が持つ」


 もしジの言っていることが本当なら迅速に行動せねばならない。


「聞きたいことは多くあるが誰しも秘密は持つものだ。


 これが恩になるか、仇になるかはまだ誰にも分からない」


 ガルガトは踵を返すとさっさと歩いていってしまった。

 月の光も届かない影に入ると消えてしまったように姿が見えなくなった。


 過去において暗殺王と呼ばれ、同時に英雄扱いされたガルガト。

 平等を謳い、誰にも肩入れすることのなかった情報屋だったガルガトは王国のためではなく、自分のために暗殺を繰り返して望まぬ英雄にさせられた。


 薄紫の花とは情報屋がターゲットに使う言葉を流用したもの。

 花は女性のこと、薄紫は外見的特徴を表している。


 簡単に言えば薄紫の見た目をした女性である。

 おそらく髪か、瞳か、両方かが薄紫なのだ。


 正確な関係性は知らないが薄紫の花はガルガトにとって大切な人。

 過去ではそれを守ることができずにガルガトは情報屋を解体して、復讐のために暗殺に手を染めることになった。


 たまたまその相手が王国の敵だったのでガルガトは暗殺王として有名になってしまった。


「やだぁーもう!」


「いいじゃないか」


 ガルガトが去って首をさすっていると男女の声が聞こえた。

 どこかのカップルが噴水広場にやってきたようだ。


 ジはベンチに置かれた報告書を抱えるとバレないように噴水広場を後にした。

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