英雄、暗殺王1

 王様が帰った後次に来てくれたのはフェッツとウェルデンだった。

 王様が帰るのを見計らってたまたま同時に2人とも商会に来てくれた。


 どちらが先に注文する。

 

 後援なんだから先だろう。

 後援なんだから我慢するといい。


 若干の一悶着はあった。

 伝統的なコイントスで勝負をしてウェルデンが勝利した。


 どうしてヘギウス商会を後援にしなかったのかと聞かれたが非難する感じではなかった。

 ぶっちゃけるとヘギウス商会でよかったし第一候補はヘギウス商会だった。


 でもヘギウス商会はもう半ば影の後援みたいに見られている。

 ジに関してはヘギウス血統の隠し子なんじゃないかとまで噂があるのだから当然といえば当然。


 結果的にはフェッツの後援も得られたのでジは公的にはフェッツの後援を、そしてジを調べたことがある人ならヘギウスの後援があると思うはずだ。


 そしてさらに王様が大切なひとり娘まで連れて大々的にやってきた。

 歩き始めたばかりの赤子のような商会だが周りを守っているのは強大な力を持つ人たち。


 ニヤリと笑って、困ったら助けてくれるでしょと聞いたら条件によると答えられた。

 つまりただではなくても助けてはくれるということだ。


 ヘギウス商会でも馬車を2台ご購入することになった。

 試作品は試作品なので正式に商会を開店することになったタイミングで回収させていただいた。


 どうやらあの乗り心地を忘れられなかったみたいだ。


 そしてコイントスで遅れをとったフェッツもかわいいかわいい後援の商会に挨拶に来た。

 大人になったら飲むといいと言って酒瓶を3本ジにプレゼントしてくれた。


 大きくなって酒が飲めるようになる頃には熟成されて美味くなっているはずの酒だと言っていた。

 そして慌てたように馬車の話に入る。


 挨拶よりもこちらの方が重要な用件なのは隠していたようだけどジにはバレバレだった。

 フェッツの方も2台の馬車を注文して、この日はすでに9台もの注文が入った。


 すぐに作れるものじゃない。

 それぞれちょっとずつ作りが違う馬車の形をご所望であるしかなり待つことになりそうだ。


 王族が真っ先に買い求めに来た。

 このことはあっという間に話が広がり、貴族たちは慌てた。


 こんなことなら変な様子見などせずに早めに行けばよかったと後悔することになる。

 なんせ馬車は作るのに時間がかかるので相当長い時間を待つことになるからだ。


「会長!」


「どうした?」


 ニックスが慌てたようにジのところに駆けてくる。


「こ、これが奥の部屋のテーブルの上に」


 その手には封筒が握られていた。

 フィオス商会長ジ殿へと書かれた封筒。


「俺たちの他には誰も奥に入ってないし、こんなもの誰も持っていってないんです!」


「そうか。


 心当たりがあるから大丈夫だ」


「ほ、本当ですか?


 まさか泥棒じゃ……」


「泥棒がこんな証拠残していってどうする?


 これは俺宛みたいだから預かっておくよ。


 ありがとう」


 ジが普通に笑顔なのでなんてことはなかったのだとニックスは安心する。

 まだ片付けることもあるのでニックスは奥に引っ込んでジは封筒の裏を見る。


 黒い胴体に白い翼のカラスのような絵が隅の方に書いてある。


 それがなんなのかはジは知っていた。

 封筒の中には1枚の手紙。


 内容も簡潔で1文だけ書いてあった。


『月が真上に昇る時、噴水広場にて待つ』


 果し状みたいな手紙。


「……しっかし、こんな眠い時間に……」


 大きくあくびをする。

 良い子は寝る時間。


 平民街にある丸い円形状になった広場。

 真ん中に噴水があって魔法で地下の水を汲み上げて年がら年中水を噴き出している。


 市民の憩いの場となっている場所にジは真夜中に訪れていた。

 時間も時間なだけに誰もいない広場は広く感じられる。


 貧民なので平民街の広場に来ることは少ないのだけど来たことがある時は毎回昼間だったのでそれなりに人の往来があった。

 人の気配すらない広場はシンとしていて噴水の水音だけが静かに鳴り響いている。


「……早かったかな」


 ジは噴水の横にあるベンチに腰掛ける。

 月はだいぶ高くまで昇っているけれど真上とはまだいかなかった。


 少し早めに来すぎたかもしれない。


「そういえば……」


 ふと違和感を感じた。

 今日は月が綺麗だ。


 ほとんど丸の状態で遠いのかちょっと小さめに見えるけど、肌寒いぐらいの空気が心地よくて誰か共になら長居するのにも悪くない。

 噴水広場は若い男女が夜に会うのにはうってつけの場所で人っ子1人いないのは逆に不自然な場所だった。


「動くな。


 振り向くな。


 ただ耳だけを傾け、質問に答えろ」


 ジの右隣にあるベンチに黒いフードの男性が座っている。

 いつ来たのかも分からない。


 少なくともジが噴水広場にきた時点では誰もいなかった。


 ひどくしわがれた声がして、同時に強い殺気を感じてジは深くベンチに腰掛け直す。

 ここは選択を間違ったら終わりだ。


 大人しく従っておくのが1番良い。


「貴様がジか?」


「はいそうです」


「出自は不明。


 幼き頃より貧民街にいて、ブランダルに育てられた。


 性別は男で魔獣はスライムのフィオス。


 黒い髪と黒い瞳を持ち、細身で低身長の体。

 現在はグルゼイ・オブレシオンを師として師事し、剣を習っている。


 オランゼ・ヘルファンドの商会で働きながらも自分の商会を設立した。

 フィオス商会はムシュリオ商会の商会長であり商人ギルドのギルド長でもあるフェッツ・ムシュリオの後援も受けている。


 ついでに多くの高位貴族とも繋がりがある。


 その、ジ、か?」


「……はい」

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