青円の商会1

 問題が差し迫っていても時は止まらない。

 無慈悲にも時は流れてジの商会設立の承認が下りた。


 申請をした時点で商会としての活動は出来ると見なされる。

 なので承認されたその日から商会の始まりとなるのだけど現実には連絡を受けてから次の日が商会のスタートと言える。


 そして実際にはいつ承認されるかの見通しも伝えられているので、承認された次の日には大体の商会はちゃんと活動を開始する。

 ジに伝えられていた承認の見通しは3日。


 異例の早さだが問題がなければフェッツはすぐにでも承認するぐらいのつもりだった。

 なのでジたちは3日の間に商会を運営できる準備を進めた。


 と言ってもその前からそれなりに準備はしてきた。

 店舗の契約はしているし看板も用意した。


 実物販売ではなく受注生産なので見本品が1つあれば品物を用意しておく必要はない。

 店員はとりあえずメリッサが引き受けてくれることになった。


 教育する時間も信頼できる人を探す時間もないのでしょうがないのだ。


 看板は青い丸いものに冠が載っていて、その下にフィオス商会と書いてある。

 もちろんフィオスを模した看板なのだけど青い丸だけじゃなんだか分からないとメリッサに言われて冠を付け足すことにした。


 冠付け足したところでこれがスライムだって分かる博識はいないことだろうと思う。


 絵はワに描いてもらった。

 意外とワは絵が上手くて冠もサッと描き足してうまい具合に看板を作ってくれた。


「看板娘よし!」


 貴族街にもほど近い平民街の一角で慌ただしく準備をしていると時間もあっという間に過ぎてしまった。

 とりあえず開店する準備は済ませた。


 看板娘とはメリッサのこと、ではなく、看板にもなっているフィオスこそが看板娘である。


 ほとんど店にいることの方が少ないと思うけどフィオス商会の看板であり看板娘はフィオスなのだ。

 看板に描いてあるような冠を載せてふかふかのクッションの上にフィオスを乗せる。


 うん、可愛い。


「それにしてもせっかくの開店日なのに通りを歩く人が少ないな」


 というか窓の外から見える通行人は1人もいない。


 こんなめでたい日だというのに人が歩いていないなんて、何か近くでイベントでもあっただろうかと考えてみてもそんなイベント聞いたこともない。

 犯罪も少なく、穏やかな場所を選んだし犯罪行為のために人がいないことも考えられない。


「ま、まあたまには人の切れ目に目がいくこともありますよ」


「……そうかな?」


 もう何回も窓の外を見ているけど見る度に人っ子一人いない。


 新しい商会が出来るなら面白半分でも見にきそうな人がいるものなのに。


「は、はは、気にしちゃダメですよ!」


「……メリッサ?」


「そ、そろそろ開店の時間じゃないですか?」


 ジトっとした目でジに見られてメリッサは気まずそうに目を逸らす。


「……まあ、開店するか」


 いないもんはしょうがない。

 今のところは特注の馬車の店だから覗く人がたまたますぐに帰っているのかもしれない。


「それじゃあフィオス商会の開店だ」


 まだ小さな事務所のような、上手くいくかもわからない新米商会が開店した。

 ドアを開け放つジ。


 表にかけてある閉店の小さな掛け札をひっくり返して開店にする。


「よしっ!」


 人はいないがさわやかな朝。

 まあ、まずは貴族に売るつもりなので見にくる人がいなくても大丈夫な、はずだと信じる。


「うわっ!」


 それでもちょっとがっくりと肩を落としたジの耳にけたたましくラッパの音が聞こえてきた。

 見てみると道の遠くの方でにどこから現れたのか複数の人がラッパを吹いていた。


 少しずつラッパを吹く人たちはジの商会がある方に歩み始め、脇道から他の楽器を持った人が合流する。

 近づいてくる音楽隊にジは呆然としていると音楽隊の奥で大勢の兵士と真っ白な馬車が曲がってくるのが見えた。


 人がいなかった理由がわかった。

 生の演奏による音楽と共にゆっくりと馬車が向かってくる。


「メリッサ、ユディット!」


「あっ、会長、これはですね……」


「今はいい。


 ニックスも呼んでくるんだ」


 魔獣ばかり働かせているわけにはいかないとニックスも商会で働かせてほしいとジに言った。

 ニックスとワも大事な商品を作り出すのに必要な人だから商会に所属させるつもりでいたけどニックスはメリッサの補助の店員としても店舗で働くことになった。


「わ、分かりました!」


 メリッサが慌てたようにニックスを呼びにいく。

 

 フィオス商会にとっての最初のお客様。

 失敗するわけにはいかない。


 ただし普通の客と違うので普通と違う対応しなきゃいけないのは何だかなと思う。


 青いエプロンを着けたニックスも来て、ジ、ユディット、メリッサ、ニックスは背筋を正して店の前で待つ。

 遅えよとは口に出さないけどむっちゃ思う。


 優雅に音楽鳴らして踏み締めるように歩む音楽隊は恐ろしいほどに進んでくるのが遅い。


 チラリと顔を見た感じ知っていそうなのはユディットとメリッサ。

 ニックスは音楽隊を引き連れた行列が何なのかわからないでとりあえずみんなに合わせて背筋を伸ばしている。

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