敵を知るためなら

「またここに来るとは思いませんでしたよ」


「俺もだ」


「なんだ?


 お前らいっつもこんなところで遊んでんのか?

 こんな危ないところ大人だって来るもんじゃないぞ」


「前に1回来たことがあるだけだよ」


 平民街と貧民街の間にあるどちらでもない路地。

 ジとユディットとリアーネはフードを深く被って孤児院に寄った日の夜にここに訪れていた。


「黒い月が登る時白い月が隠す」


 路地の真ん中ら辺に立つ赤い布を手首に巻きつけた男の前に立つと何かを言われる前に合言葉を告げる。


「……お入りください」


 壁を4回男が叩くと壁が開く。

 知らなかったリアーネは驚いた顔をするけどジとユディットは経験済みなので驚かない。


「子供の遊び場にしちゃ上等すぎんな」


「ここで遊んでたら消されるよ」


「分かってるさ」


 普通の場所じゃない。

 ジからも緊張した雰囲気が漂っていて、自然とリアーネも背筋を正す。


「何をご所望で?」


 相変わらず殺風景な大きなデスクがあるだけの部屋。

 仮面をつけた男は声だけでは同一人物かもわからない。


「調べてほしいものがある」


「何をお調べいたしますか?」


「マクウェル商会について、全てを」


「マクウェル商会についてですね。


 ……調査には一定の時間がかかります。

 それでは1月ほどをいただきたく……」


「3日。


 3日で調べてまとめて」


 1月も待っている暇はない。

 仮面の向こうで相手が驚きに息を飲むのをジは感じた。


 1月必要だと言っているのに、それを3日でやれと傲慢な要求だ。

 しかもそれを子供が言うのだ。


「失礼ですがそのような要求は……」


「俺のおかげで儲けただろ?」


「なんですと?」


「俺が来たことを利用してあんたたちは相当儲けたはずだ。


 これぐらいの要求はいいでしょ?」


「何のことだか……」


「失礼いたします」


 仮面の男の後ろの壁が開いて別の仮面の男が姿を現した。


「私が代わってお話お聞きします。


 下がりなさい」


「は、はい……」


「失礼しました、お客様」


 深々と頭を下げた仮面の男。


「話は聞いておりました。


 1月かかる調査を3日でやれとおっしゃれるのは……」


「話を聞いてたなら分かるだろ?」


「その儲けただのの話はどういうことでしょうか?」


「情報屋ってのは一度でも訪れた客は忘れないものだろう?


 俺が前に来た時になんの情報を買ったか分かりますか?」


「それは……もちろんでございます」


「それどころかきっと俺のことも調べたでしょう?」


 ジはニコリと笑い、仮面の男は衝撃を受けた。


「…………」


 ジは確信している。

 情報屋が儲けたことも、ジを調べたことも。


「王弟が起こした暗殺未遂で儲けたでしょ?」


 ジは情報屋にとって異質な客のはずだ。

 最後に素性を聞いてしまったし、その正体が気になって仕方がなかったはずである。


 そして購入した情報もまた異質なものである。


 古くて使われていないような城の図面なんかを要求した。

 図面が貴重で高くついたものだけど欲しがる人のいない情報だった。


 依頼人も依頼内容もこれまでに見たことのない話だったので情報屋としてもリスクを回避する意味でも調べたはずだ。

 ジのことも、図面を要求した各城のことも。


 その過程で王弟がパーティーを開くつもりのことは簡単にわかるのでジが図面を買ったことと王弟がパーティーを開くことを繋げて考えることに不自然はない。


 当然何かが起きると注視した。

 そして事件は起きた。


 どこまで情報を集められたかは分からないがこの情報屋は箝口令が敷かれて情報が表沙汰にならないように処理されるまでの間に他よりも抜きん出て情報を集められたことだろう。


 暗殺未遂など一大ニュース貴族たちがこぞって聞きたがる話に違いない。

 相手が王弟となるとその先も考える。


 どちらの側に付くのかも話の内容によって大きく変わる。


 貴族たちは大金を積んで情報を買ったことだろう。


「勝手に人のことを調べた挙句それで儲けたなんてずるいなぁ。


 でもさ、別に金を寄越せというつもりも俺を調べただろって追及するつもりもないんだ。


 ただ早くやってくれればそれでいいんだ」


「……それでも3日では厳しいかと。


 せめて7日はいただきたいです」


「……俺を調べたこと、ガルガトに言っちゃうよ?」


「………………なぜ」


「知れば後戻りは出来なくなるよ」


 出すつもりはなかったカードをジは切った。

 このカードはジにとっても危険を伴うもので上手くいくかも自信がない。


 たった一言、人の名前を出すだけで仮面の奥の目が見開かれた。

 自分の心臓が飛びしそうなほどに強く脈打っている。


 確実性のない賭け。

 フェッツと対峙した時にも感じなかった妙な緊張感に手のひらに汗をかき始める。


 これまではなんとなく自信があってハッタリをかましてきたけど今は全く自信がない。

 せめて5日にはしてほしい。


 10日でも非常に厳しいのに7日もここで使われてしまうと残りの日数で何かをできるとは思えない。

 残ってるのが5日でも7日でも厳しいことに変わりないけど時間はあればあるだけいい。


 仮面の男が長いこと沈黙するものだから失敗したかもしれないと焦り始める。


 ただここで変なフォローも入れられない。

 口から出た言葉はもう引っ込められないのだ。


「……分かりました。


 3日でご依頼の情報集めさせていただきます」

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