守られるべき家8

「はっ! 


 す、すいません……ええとですね、インクにはお店によって違いがあるんですけどインクは時間が経っても匂いが変化します」


「やたらインクの匂いが気になってるみたいだがそれがどうしたってんだ?」


「同時期に書かれた……とまでは確定できませんがこの契約書は比較的最近作られたもののようです」


「……どういうことだ?」


「契約書の日付を見ると古いものでは20年前から借り入れが始まっています。


 契約書も書かれたのはその時でなければおかしいのですがこのインクの匂いからすると最近新しく作られたもののようです。


 20年もたったインクの匂いではありません」


「……つまりこの契約書は偽造の可能性があるのか?」


「偽造かまでは分かりません。


 内容は借り手にかなり厳しいかもしれませんが違法ではなく、まともな契約書の形です。


 ただ作られた時期がおかしいのではないかという話です」


 確定的なことは何も言えない。

 インクの匂いなんて他の人には分からない話であるのでインクの匂いが契約書の内容と合わないなんて言ったところで誰も信じやしない。


「……十分だ」


 疑義がある。

 ジにとってはそれで十分だった。


 調べるに値すると思った。


 まともな契約においてはどんなところでも疑いなどあるはずがない。

 ふとした違和感、指摘できなくても感じる疑い。

 そうしたものがある時は必ず何かがある。


 本物でない以上はどこかに綻びがあって本物でない証拠がある。


 わずかでも疑いが生まれた時点でこの借金には何かがあるとジは1人確信していた。


「シスター!


 あいつらが来たよ!」


 ただしどうやってその疑いを調べて追求するか。

 些細な疑いしか持たせなかった相手ならばきっとそこらのチンピラとは訳が違う。


 腕を組んで考え込んでいると孤児院の子供が慌てたように部屋に入ってきた。


「おーおー、なんだかお揃いで、借金をどう返すかご相談でもしてましたか?」


 自己紹介がなくても分かるいかにもさ。

 威圧感のあるスキンヘッド大柄な男とチャラついた茶髪の男が招き入れてもないのに入ってきていた。


「ガキ2人とオンナ1人か……借金の話じゃなかったようだな」


 人が集まっているからてっきりと思ったが子供相手に借金の話をしても仕方ない。

 それによく見ても平民、普通に見れば貧民なガキじゃないか。


 ニヤニヤと笑ってチャラついた男はテミュンに近づく。


「あと10日ほどですが覚悟は決まりましたかー?


 さっさと荷物まとめないと準備は大変ですよ?」


 男たちは借金取りであった。


「なんなら、あんたがちょっと頑張ってくれるってならもう少しだけ待ってやってもいいんだぞ?」


 テミュンの腰に手を回すチャラついた借金取り。

 真面目そうで男を知らないテミュンにチャラついた男は少しばかり興味をそそられていた。


 嫌がられれば嫌がられるほどに汚したくなる。


「テミュンに触れるな!」


 前に出ようとしたリアーネの前に大柄の借金取りが出る。


「やめてください!


 まだ返済期日まで時間はあります」


 チャラついた借金取りの手を振りほどいて距離を空けるテミュン。

 両手を上げてやれやれと首を振るチャラついた借金取りは一挙手一投足がなんだかムカつく。


「待ってください」


 これは一言言ってやる必要があるとジが動こうとしたが先に動いたのはメリッサだった。

 テミュンを守るように前に出たメリッサは険しい表情を浮かべている。


「まだ返済まで時間はあります。


 このようなやり方は違法行為ですよ!」


「なんだ?


 いきなり現れてうるせえな……


 返済期日を忘れないように教えに来てやったことのどこが違法行為なんだよ?」


「明確な取り立て行為だけではありません。


 間接的な圧力や脅しもこの国の法律では禁じられています」


「……チッ、なんなんだお前、いきなりしゃしゃり出てきて……」


「おい」


「なんだ……うっ」


 ユディットが魔剣をチャラついた借金取りの首に突きつける。

 青い魔力が羽虫のような音を立てて剣を包み込んでいる魔剣はユディットがさほど力を入れなくてもチャラついた借金取りの細い首ぐらい両断してしまえる。


 ユディットが勝手したのではなく、ジがやらせたものだ。


 メリッサは商会の一員となる。

 一緒に過ごした仲でなくてもジが守るべき家族である。


 ジとユディットがメリッサとテミュンよりも前に出る。


 子供のはずなのに圧力を感じてチャラついた借金取りは息を飲む。


「おっと……私に背中向けてタダで済むと思うなよ?」


 大柄の借金取りはまずいと思ったが動くことができない。

 リアーネが冷たい目をして背中の剣に手をかけていたからだ。


 たじろぎそうになるほどの殺気を受けて無防備に背中を向けるアホはいない。

 大柄の借金取りとリアーネは睨み合いになる。


 それを横目で見ていたチャラついた借金取りが内心で舌打ちする。

 オンナ1人に何をやってるんだ、こちらの方が大事だろ、と。


「どうやら期日を教えに来ていただいただけのようなので大人しくお帰りいただけますか?


 もう期日はしっかりと分かりましたので」


 切り捨てろと命じてしまいたいぐらいだけど事を荒立ててもいいことなどない。

 こいつらが死んでも新しい奴が来るだけだし、より借金の取り立てが厳しくなるだけだ。

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