守られるべき家7

「なんのおもてなしもできず……」


「お気遣いなく」


 とりあえずと水を出してくれるテミュン。

 しっかりと建てられた教会なので裏に井戸があってすぐに水を汲んでこられることが唯一の自慢であった。


「いきなりですが本題に入りましょう。


 借用書を見せてくれますか?」


「しゃ、借用書をですか?」


「はい、差し支えがなければ」


「…………分かりました」


 テミュンがリアーネに視線を向ける。

 静かにうなずき返すリアーネ。


 見られたところで多少の恥を晒すだけでなんということもない。

 テミュンは席を外すと紙の束を抱えて戻ってきた。


 ジは契約書とお金のことは詳しくない。

 過去でも騙されたような経験はあるから警戒心はあるけど内容について知識は特になかった。


 なのでメリッサにお願いする。


「借金取りの話ではかなり昔から何度も借り入れを繰り返していたそうです……


 貴族の方に借りていたそうなんですが息子さんが後を継いで借金をそうした人たちに渡してしまったようなんです」


 このようになってしまったのはアルフィオシェント教にも問題があった。

 実はアルフィオシェントのメインはこの教会ではなく大神殿の方にある。


 教会はアルフィオシェント教が調子が良かった時に建てられたもので、貧民や平民でも通いやすいようにと当時の人は考えた。


 その後に孤児院までやることになるのだがアルフィオシェント教が窮地に立たされて首が回らなくなるなんて思いもしなかっただろう。

 もちろんシスターは大神殿の方にも助けを求めた。


 しかし大神殿の方のアルフィオシェント教の返事は冷たかった。

 

 まず抱えている孤児の数を減らすこと。

 大前提に掲げられた支援の条件だった。


 そもそも与えられた金額で養えない数の子供を抱えることが間違いであると言われた。

 シスターは出費を減らす努力をしていたが教会の維持と子供たちの世話で他にお金を稼ぐ時間もなかった。


 どうしてもかかってしまうお金はあるしギリギリまで削っても足りなかったのだ。

 子供を減らすということは誰かを追い出さなきゃいけないということ。

 

 だけどシスターは一度受け入れた子供を大人の事情でまた見捨てることなど出来なかった。

 

 特に冬なんかは厳しかった。

 子供たちに凍える思いをさせないようにとシスターは頑張ったけれどそれでもお金が無くなってしまった時に、借金に手を出してしまった。


「全然知らなかった……」


「私も日記を読むまでは知らなかったです……」


 シスターはマメな性格だった。

 借金に至るまでの苦悩はデスクの奥に入れてあった日記に書いてあった。


 いけないこととは思いながらテミュンは読んでしまった。

 メリッサが書類を確認する間に聞いた話はみんなの顔を暗くした。


 テミュンは耐え切れなくなって涙を流し、リアーネもぐっと涙を堪えている。


「……メリッサ、どうだ?」


 空気に耐え切れずメリッサに話を振る。


「契約書の内容に問題はないみたいです」


「うぅ……やっぱり…………」


 教会を手放すしかないのか。

 勝手にした借金だし、もはや維持も困難になっている。


 戦争の影響などタイミングが非常に悪いこともまずかった。

 大神殿の方はこの話を聞いても助けてくれず、維持のできない教会が取り上げられてもテミュンが戻ってくる場所はあるとしか言われなかった。


「ただ……」


「ただ?」


「すんすん……これはやはりおかしいです」


 メリッサは契約書を顔に近づけて匂いを嗅いだ。


「んー?」


 何がおかしいのか。

 契約書の匂いを嗅いでいるメリッサがおかしいとは思う。


「私はインクの匂いが大好きなんです」


「そう……」


「い、いや、別にただ私の趣向をカミングアウトしただけじゃないですよ!


 私は普段からインクのことが好きで嗅ぎ分けが出来るほど何ですが、このインクおかしいんです」


「…………何がおかしいの?」


「このインク全部同じ匂いがします」


 大真面目な顔をしているメリッサ。


 同じ契約書だし同じ人が書いているだろうから同じ匂いのすることのどこがおかしいのかジにも、他のみんなにも分かっていない。


「……おほん!」


 このままではただのインク好きを変なタイミングで公言した変な女になってしまう。

 説明するためにメリッサは水で口を濡らし、一度咳払いをする。


「いいですか、インクというものは様々ありまして、お店ごとにも匂いが違ったりするんです」


 混ぜているものや使っているものでそれぞれの売っているお店ごとの個性がある。

 書き心地や書いた後の文字の感じや乾き具合、それに匂いまで全部違う。


 メリッサはインクの匂いが特に好きで色々なお店を回ってはインクを買い集めていたりするインクマニアであった。

 書類に関わる仕事がしたいことの理由のいくらかにはインクが使われたものに関わる仕事がしたいなんて理由も混じっていた。


「それでこのインクはですね、おそらくヒビアナ商店のやっすいインクでして、あそこのインクは安いんですけど質が悪くて匂いも良くなくてですね……」


「メリッサ、要点を頼む」


 このまま放っておけばインクに関する講釈が始まってしまいそうだ。

 悪いけどそれは後にしてもらってジが話を促す。

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