守られるべき家3

 これは元々考えていたことではなかった。

 そもそも商会を立ち上げるつもりもなかったのだから思いついているはずもない。


 メリッサと商会について話している中で後援の話が出て、ヘギウス商会にそれを頼めないかと言われて思いついたのだ。

 フェッツがダメならウィランドにも後援を頼むつもりだった。


「では、よろしくお願いします」


「私に損をさせたら許さないぞ?」


「損をしたら助けてくれるのが後援でしょう?」


「ふふっ、それぐらいでなくてはな」


 ジとフェッツは握手を交わす。

 ここまでしてしまったらジとしても後戻りはできない。


 しかしこれでジのフィオス商会に手出しをするバカはまずいないだろう。

 フェッツが後援となり、ヘギウス商会も関わっていることが分かっている。


 この国でも大きな商会が2つジを支えている。

 敵対することに利益を見出す人はいない。


 ジは書類を渡して商人ギルドを出る。

 緊張する場面を乗り越えて、商会の設立と後援の依頼を終えたのに新たに商会という肩の荷が乗っかってきて全然楽にならない。


「どうですか、お祝いに食事でも行きませんか!


 オススメのお店がありまして……」


「あっと、ちょっと待って」


 メリッサはここ数日の努力が実って嬉しそうだ。

 申請のための書類とか資料とか渡していくぶんか軽くなった荷物が自分の肩の荷のようだ。


 商会の設立はほとんど決まったようなもの。

 まだ審査されはするけどフェッツにされた質問の受け答えを見ると不足しているところはないようだった。


 あとは書類に不備でもなきゃ商会設立となる。

 ちょっとしたお祝いでもしようかと話しているとジがいきなり立ち止まった。


「リアーネ!」


 光の加減によっては赤にも見える茶髪の背の高い女性。

 背中に大きな剣を背負っていて、がっしりと体格。


 そんな女性をジは1人しか知らない。


 前まではジの家に入り浸っていたのに最近とんと顔を見せない。

 リアーネはリアーネで自立して生活拠点があるので来なくなってもしょうがないが突然パタリと来なくなったので心配はしていた。


「ちょ、リアーネ!?」


 ジの声は明らかに聞こえていた。

 少し体をビクリと震わせたリアーネはジの方に振り返ることもなく歩く速度を早めた。

 

 ジは走ってリアーネの手を掴んだ。


「リアーネ……リアーネ?」


「ひ、久しぶりだな」


 逃げるので他人かと思ったけれどジの手を振り払うこともなく、声もリアーネだ。

 だけどリアーネは顔をジには向けない。


 何かがあったのだと誰でも分かる。


「リアーネ、どうしたの?」


「それは……ちょっと、今は顔を見られたくなくてな」


「見せて。


 どんなでも引いたりしないから」


「うぅ……」


 もうこうなっては引くことはできない。

 ジに掴まれた手を無理矢理振り払って逃げることも今のリアーネにはできなかった。


「笑うなよ……」


「……リアーネ、どうしたんだ、その顔?」


 振り向いたリアーネの顔は酷かった。

 顔には細かい傷が多く青いアザが出来ていて、目には元気がなかった。


「誰がこんなことを……」


「ち、違うんだ!


 私がちょっとヘマをやらかしただけで」


 握られた手に力が入ってジが怒っていることがリアーネにも分かった。

 こんなリアクションされると思ってなくて慌ててしまう。


 リアーネがヘマをやらかすとは思えない。

 確かに少々大雑把な性格はしているけれど、外に出れば細かいところまでよく見ている人だった。


 それに単に何かを失敗しただけなら笑ってジに言ったはずだ。

 逃げ出そうとしたということは絶対に何かがある。


「何があった」


「何でも……ない」


「リアーネはウソが下手だよな。


 本当のことを言ってくれるまで手を離さないよ?」


 リアーネの唇がグッと結ばれる。

 かつてこんなに自分を気にかけてくれた人がいただろうか。


 はるかに年下な射抜くような視線に言い逃れすることもできないとリアーネは悟る。

 しかし自分の事情を話してしまえばジはきっとどうにかしようと手伝ってくれてしまう。


 巻き込んでしまうと心の中で葛藤がある。


「あれだけ俺の家にいたんだ、リアーネはもう家族みたいなものだろ?」


「どうして……そんなに優しく微笑むんだよ。


 こんな可愛くもない、デカい女に愛想振り撒いたって何にもならないだろう」


「じゃあどうして遠慮するんだ?


 何があったかは知らないけど、こんななんの力もない貧民の子供に話したっていいだろう?」


 弱っていたリアーネは少しだけ泣きそうな気分になった。

 先ほど、青アザを作ってひどい顔をしたリアーネのことを良い様だと笑った冒険者を思い出す。


 どうしてこうも性格が異なるのか。

 性格までひん曲がりそうな貧民街で暮らしているこの少年の方がよっぽど人らしく、温かい。


「ここじゃ、話したくない……」


 リアーネはジに抵抗することを諦めた。

 年下のはずなのに、まるでジはリアーネよりも年上のような包容感がある。


「分かった。


 メリッサ、ゴメン。

 食事会はまた今度ね」


「あっ、はい。


 お疲れ様です、会長」


 もう商会の設立は確定したも同然。

 そうなるとメリッサは商会員として雇われ、ジは商会長となる。


 書類を出して終わりではないのでメリッサにもやることがある。

 メリッサは頭を下げてその場を立ち去り、ジたちも移動する。


 リアーネの手を握ったまま歩く。

 リアーネも振り払うことなくジに手を引かれて歩く。


 周りがどう見ようとなんと言おうと関係がない。

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