守られるべき家2
日頃から奥さんに痩せろと言われるフェッツは腰が痛くなる時があった。
特に馬車での移動は腰に悪くて商談前に機嫌が悪くなってしまうこともある。
新商品の馬車に対する商業的価値ではなくて1顧客として馬車が欲しいと思っていたのだ。
そしてもらった手紙には商会を設立したいと書かれていた。
ジが表に出ることを決意したのなら新商品の馬車も販売されるはず。
よろしくないことなのは分かっているけどアポイントまで取ってくれたのだ、少しばかり便宜を図ってもらうことを考えていた。
「事前にお伝えした通り、俺は自分の店を持つことにしました」
まさか商人になるなんて過去のジにも回帰したばかりのジにも考えなかったことだ。
「それは分かっている。
ただどうしてわざわざ私のところに?」
商会を立ち上げるのに商人ギルドのギルド長を呼び出すことはない。
承認のサインぐらいはするが書類は受付にでも渡せば済む話。
会うアポイントメントを取り付けたのには訳がある。
「商会を立ち上げるにあたって必要なことはいくつもあります。
そして必要じゃないけどやった方がいいこともあります」
「まあ、色々あるだろうな」
「今日来たのはただ商会を設立の挨拶だけではありません。
フェッツさん、俺の商会の後援になってくれませんか?」
「後援……だと?」
後援は正確には制度としてあるものではない。
ポッとでの商人が商会を設立しますと言ったところでおいそれと商圏を明け渡すことはしない。
むしろ敵になるのだから邪魔をしたり潰したりすることも全く珍しいことではない。
そこで非公式の制度として後援がある。
金を持っているか、優れた商品を持つか、時間をかけて地盤を築いてきたか、そして強力な後ろ盾を持つか。
新規参入の難しい世界で何かがなければ商会としてやっていけない。
元を正せばある商人の元で弟子として働いていた人が独り立ちする時の身元保証や支援などを行なっていたことをまとめて後援と呼んでいた。
今でも基本的には自分の下にあった商人に後援をするものだけど時には優れた商品や才能を持ちながらそれだけではどうしようもない人が大きな商会によって後援されることもあった。
ジはその後援をフェッツにお願いしようと会いにきたのである。
「私が?
縁もゆかりもない君のことを私が後援するというのかね?」
後援は容易いものじゃない。
後援するということはその商会に対しての責任を負うということ。
問題が起きれば後援している側もその責任を負う必要がある。
よく知る自分の子供でも後援しない商人もいる中でよく知りもしないジのことを後援してくれとのたまう。
深くイスに座り直してジッと目を見つめてみるが怒ったわけではない。
興味深いと思った。
豪胆な提案で、一も二もなく断るには惜しい話だ。
「まだお詫びもしてもらってませんからね」
「あのことのお詫びとしてはいささか過大すぎやしないかい?」
マクサロスがジを引き抜こうとした。
副ギルド長がギルド長の前で堂々とルールを破ってしまったことを止められなかった。
「フェッツさんにとってですかね?」
「…………よほど自信があるみたいだね」
この提案で過大な恩恵を受けるのはフェッツの方である。
そう、ジは言ったのだ。
「……私は全てを知らねば後援はいたしませんよ?」
「何を知りたいんですか?」
「まずは商品について聞きたい。
何を売るかも知らないのに後援はできない」
「それはご存じでしょう?」
「本当に噂の馬車を君が?」
「そうです」
店舗となる場所や基本となる資金、今後の計画などをフェッツに言う。
もし後援になってくれなかった時はライバルともなる相手に全てをダダ漏れにしてしまうリスクを負うがジは正直に全てを話した。
フェッツが腹黒い商人ならジの商会は出だしからよろしくないことになるが意外と人情味のあるフェッツのことなのだ、知れば知るほど断り難くなる。
だからあえて全てさらけ出す。
慎重なフェッツのことだ、断らないならこうして細かく聞いてくると分かっていた
事前にメリッサと予想される質問を検討しておいた。
すらすらと答えて見せるジにフェッツは感心していた。
これなら後援になってもいい。
(いや……違うな)
後援になることは断らなかった時点で半ば決まっていた。
話を聞き始めた時点でもう後援することを何処かで受け入れていた。
内容としては悪くない。
あと実際にやってみてどうなるのかは神様しか分からない。
「……」
「どうですか?」
適宜メリッサが資料を見せたりして話の裏付けをする。
この女性もしっかりとしていて真面目に事に取り組んでいるのがよく分かった。
「よし、私も男だ。
そして商人としての勘が言っている。
君に投資してみるべきだとね」
過去フェッツが誰かを後援していた話は聞かなかった。
だから全てを捨てて他国に逃げ出そうとしたのかもしれない。
しかし後援がいるなら話は別だ。
血縁関係のない親子関係みたいなものだ。
師匠と弟子のようなものと言ってもよく、後援する側がされる側を見捨てることはよほどのことがない限りしてはいけないことなのだ。
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