第四章
守られるべき家1
一人前の商会になろうと思えばアポイントもなしに訪ねることはマナーとしてどうだろうとなる。
事前に連絡を入れておけばスムーズだし慌てずに済む。
商人ギルドの応接間、ジはメリッサとユディットを引き連れてフェッツに会いにきていた。
快く会うことに同意してくれたフェッツはジのことを心待ちにしていたようだった。
ジとユディットの前にはジュースが、メリッサの前には紅茶が運ばれてくる。
「久々だね、ジ君。
また会えて嬉しいよ」
実のところジには注目していた。
商業的活動はしていなかったので監視もつけられないし、ジそのものの活動が耳に入ることも少なかった。
どうしているのかと気にしていたのだが連絡をもらって驚いた。
「私のところで働く気になったのではないことは残念だけど大きな決断をしたようだね」
最近になって商人や貴族の間ではある話で持ちきりであった。
フェッツとしても聞き逃すわけにはいかなかったそれは新商品の話。
調べてみたところ噂の出どころはとある貴族だった。
ある商品を草の根かき分けても探し出せと部下に指示を飛ばして他の貴族や商人にも噂が聞こえるほど探し回っていた。
その新商品とは馬車らしい。
なんでも田舎のろくに整備もされていないガタガタな道でも乗っている人は快適でいられる馬車があるとか。
パージヴェルの自慢げなドヤ顔にプライドを刺激された貴族。
パージヴェルの乗っていた馬車は試作品なので外装は普通で旗を掲げてはいたが馬車に家紋すら彫ってもいなかった。
パージヴェルが新商品の馬車を無理やり手に入れたのだと思った。
ならばその貴族はパージヴェルの上を行こうと思った。
1台なら2台。
普通の馬車なら貴族らしく飾った馬車を先に作らせてやると意気込んだ。
実際乗り心地も非常に良かった。
戦争で前線に行っていたので妻から不満の手紙も届いていた。
仕方のないこととは言え、長く家を空けることになった謝罪の意も込めて贈るのにちょうど良い品でもある。
しかもパージヴェルの自慢まがいの宣伝のおかげか他の貴族も噂をし、新商品を探していた。
その新商品を商人は知らない。
色々な商会に問い合わせがあり、商人を捕まえては話を聞き出そうとしてくる。
話題沸騰の新商品についてなんの情報も得られないまま時間だけが過ぎていった。
そんな時にある貴族が気づいた。
ヘギウス商会だけ返事がおかしいと。
もちろんパージヴェルが馬車に乗っていたので疑われはしていた。
ただパージヴェルを使って話を広めておきながら物の存在を隠す意味がわからなくて逆に疑いを持たれつつスルーされていた。
当然ヘギウス商会は新商品の正体を知っている。
知りません、分かりませんというと知っているヘギウス商会がウソをついてしまうことになるのでお答えできませんと曖昧な返事にとどめていた。
それを知らないと解釈することもできたが知っていて答えられないと解釈することもできる。
ヘギウス商会が新商品を抱えている。
みんながヘギウス商会に注目の目を向けたけれどウィランドはのらりくらりとそれをかわした。
彼もヘギウス商会も経験があるので簡単には尻尾を出さなかった。
「おかわりと俺の魔獣の分ももらっても?」
「ああ、もちろん」
一気にジュースを飲み干す。
苦いお茶も悪くないけどジュースなんてのも悪くない。
ジはフィオスを呼び出してその前にジュースのコップを置いた。
コップに覆いかぶさったフィオスがプルプルと震える。
初めての味。
味を感じてるかは知らないけどどうやら感じているようで喜びの感情をジも感じていた。
「君だと分かるまでに苦労したよ」
フェッツも当然に新商品について調べた。
だけど他の商人と同じでヘギウス商会まで行きついてもそこまででかわされてしまった。
そこでフェッツは視点を変えた。
売り出す商会ではなく、商品そのものに目をつけたのである。
売り出される以上はどこかにものがあり、そしてそれを作る人がいる。
馬車となれば市場はもはや硬直している。
馬車を作れる職人も数は減ったのでしらみつぶしに探してみることにした。
ヘギウス商会と繋がりがある工房はいくつかあった。
自分でも抱えているし専門外のことでも特定のところにお願いすることは多いヘギウス商会だが職人を守るために自分のところ以外の工房に発注することもままあった。
その中の1つに以前は馬車を作っていたこともある工房があることを見つけた。
工房は昔気質な職人が今は細々と経営を続けていて、そのためかあまり状況は良くなさそうであった。
けれど少し前から工房の明かりが遅くまでついていることがあるらしいと報告を受けた。
何を作っているのかまでは分からないが怪しいとフェッツは思った。
そしてさらに、ヘギウス商会に子供が出入りしていることがあるらしいとも聞いた。
フェッツは頭の中で全てがつながった思いがした。
ジとヘギウス商会と工房が新商品を抱えている。
「そして待ち望んでいた」
揺れない馬車。
一度聞いてフェッツの目が怪しく光ったのはいうまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます