あなたがいたから1

 いつもよりちょっとだけ綺麗で良い格好をする。

 大神殿に向かうジの面持ちは真剣で他の人が見れば深刻な病気でも抱えているように見えただろう。


「エはいますか?」


 今日大神殿に来た理由は他でもなくエに会いに来たのだ。

 実はラが帰ってきた時、エも休みで帰ってこれるはずだったのだけどエは帰ってこなかった。


 何かの用事があったのではない。

 ラが誘ったけれど曖昧な言葉で濁してジのことを言葉に出すと逃げ出してしまった。


 エが帰ってこなかった原因がジにあると思ったラは少し非難めいた言い方でジに問いただした。

 ただジには心当たりがないというか、心当たりがありすぎるというか。


 エと会う機会はラに会う機会と同じでそんなに多くない。

 なので会って怒らせるようなことをしてしまったなら覚えている。


 そのようなことをした覚えジにはない。


 ならばなんだ。


 きっとジが無茶をした件だろうと推測した。

 色々あってみんなとはちゃんと話もできないままだった。


 他のみんなは自分なりに飲み込んでいたみたいだけどエは大神殿に運び込まれたジを最後まで世話してくれていた。

 起きた時には忙しかったようでお礼も言えてなかった。


 そしてエはそのまま大神殿でまた働いている。

 よりもっと人を治療することを学びたいとの理由だった。


 これは話し合わなきゃいけない。


 ジはエに会いに大神殿に訪れていた。


 今度はロイヤルガードがジを運び込んできた。

 ジが何者であれ、雑に扱うべき人物でないことはもはや大神殿でも有名であった。


 最初はそこらにいた神官に声をかけたのだけど非常に平身低頭にお待ちくださいと言われて神官長のアルファサスが飛んできた。

 そこまでしなくていいのにと思わざるを得ないが一々関係を説明して回ることもめんどくさいのであちらが思うままにしておく。


「エさんですか?


 もちろんいますよ。


 そうですね……祈りの間が空いておりますので向かわせましょう」


 アルファサスを呼んできた神官に連れられて祈りの間に行く。

 簡易的な祭壇がある祈りの間は文字通り落ち着いて神に祈りを捧げたい人のための部屋である。


 白い部屋は音もなく静かで心落ち着く。


「失礼します。


 ゲェッ!」


「何だその声は」


「だって……大切なお客様が来てるっていうから……」


「俺は大切じゃないってか?」


「そうじゃないけど……」


「分かってるさ……また無茶して心配もかけたし愛想尽かされたってしょうがないよな」


「ち、ちが……」


「今日は謝りに来たんだ」


 実際エには助けられた。

 生き返った時もエがいなかったら持たずにそのまままた死んでしまっていたかもしれない。


 なんだかんだ言いながら前向きで諦めなくて、一緒にいてくれるだけでも心強くてありがたい。


「心配かけてごめん。


 謝っても許してもらえるとは思ってないけど感謝もしてるし、きっと優しいエのことだからすごく心配してくれて、思い悩んだんだと思う。


 いつもありがとう、そしてごめん」


 頭を下げる。


「嫌われてもしょうがないぐらいのことをしたっていう自覚はあるんだ。


 だけど……」


「だから、違うって!」


「……泣いてるのか?」


「泣いてるよ!


 だってあんた何も分かってないんだもん!


 別に私はあんたのこと嫌ってないし愛想尽かしてないし、嫌いになることもない!」


 エは大粒の涙を流していた。


 まるでジが遠くに行ってしまったような感じがしていた。


 離れたのはエの方なのに久々に会ったジはなんだかジなのにジじゃないようで遠くに感じられる存在になってしまった。

 理由は分からない。


 知らないジ。

 エはどうしたらいいのか分からなかった。


 ラみたいに雑に受け入れて距離を詰めていくこともできない。

 そうしている間にリンデランやウルシュナといった貴族の女の子とも仲良くなって、2人もジのことを憎からず思っている。


 聞けば家にはジの師匠や幼い双子までいる。


 何もできないでいるとジの周りはドンドンと変わっていってジも変わっていってエは困惑していた。


 なのに死にそうなほどの、実際死ぬほどのケガをしてジは戦っている。

 そしてジは1人で戦っている。

 前に運ばれきたこともあったし、この間も1人で残って敵を引きつけた。


 何がしたいのか分からない。


 心配でたまらなく、隣にいたいのにそうできない自分がもどかしい。

 ジの方が魔獣的には弱いはずなのにジの隣にいさせてもらえる自分であることができない。


「私は……私は…………」


 どうしたい。

 それを考えると顔が熱くなってくる思いがする。


 どんな言葉を選んでもどんなふうに言い繕っても言いたいことが同じように聞こえてしまう。


「私は……あんたの隣にいたいの!」


 胸の奥から感情が湧き上がって喉から言葉を押し出した。


 どう言ったとて愛の告白と変わりがなくなってしまう。


「私はあんたにまだ恩を返せてない。


 隣でずっと一緒にいたい。


 ケガするなら死なない程度で私の隣でケガしてほしいの!」


 ジの呼吸が止まって傷だらけで眠ったように目を閉じていた時、エは世界が灰色になって全てのものの意味がなくなったように感じられた。


 実は、ジと最も古い関係にあるのはラではなく、エの方なのである。


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