フィオス商会1
貴族は流行に対して非常に敏感である。
何か新しいものが出たからとりあえずそれに群がり、遅れたものにマウントを取る。
誰かが知らない新しいものを手に入れたなら穏やかな顔をしながら内心で必死にその物のことを知ろうとしている。
クモの糸を利用した揺れない馬車は既に完成していた。
ノーヴィスによって出来上がったそれはしばし実際に使って改善点や駄目なところを探したりしていた。
ただ使っているのはジではない。
馬を買って管理して馬車でどこかに移動するなんてことジにはできない。
なので試作品一号と二号はウェルデンに渡されることになった。
商人ならば新しい商品を使っていても不自然ではないし商人ならではの視点でも試作品を見てくれる。
それにヘギウス家やヘギウス商会が使っているとなれば自ずと貴族の間で噂になる。
1つはウェルデンが使い、もう1つはパージヴェルが使った。
なんとウェルデンは試作品を使って戦場までパージヴェルを迎えにまで行っていた。
戦況は既に決していて一部の部隊は先んじて帰還することになった。
パージヴェルはリンデランのこともあって先に帰れることになってウェルデンはそれを聞きつけていた。
ついでに戦場の兵士たちに補給物資を届けたりケアをしたりも目的としていた。
こうした見返りを求めない支援も今は自分が費用を出すことになっても後々利益につながってくるのである。
パージヴェルは馬に乗ってさっさと帰るつもりだったがウェルデンに説得されて馬車に乗り込んだ。
早く帰りたいとイラついていたパージヴェルだったが馬車が走り出してみると驚きに意見が変わる。
同じく首都に帰る貴族と列んで帰るパージヴェルはあっという間に上機嫌になった。
ノーヴィスが自信を持って最高傑作と評する馬車は揺れが非常に少なかった。
快適。
田舎道は馬車に乗っていると飛び跳ねるほど道がガタついているのに馬車に乗っていてもほとんど揺れない。
ウェルデンに渡して使ってもらうと聞いていたので簡易的なクッションも座席に付けていたのだけどそれで十分だった。
機嫌がよろしくなったパージヴェルは他の貴族に馬車について話して回った。
半ば無理矢理乗せられて揺れのなさに驚いた貴族もいた。
帰るまでに同行していたほとんどの貴族に自慢していたのではなかろうか。
ウェルデンのところには貴族からの問い合わせが殺到していた。
「おーい、調子はどうだ?」
ジはノーヴィスのところを訪れた。
基本的には任せていて、口を出すこともしないのだけどノーヴィスは真面目に報告書なんかをジに届けていた。
なので馬車についてどこまで進んでいるかは把握していたし何回か試作品を見学にも行った。
最終的にはウィランドに馬車を試乗してもらうことはジが提案したものだった。
自由な発想で物作りに取り組んでもらいたいと思ってあえてジはユディットを伝言役として多く顔を出していなかった。
ある時是非会って話したいことがあるとユディットを介して伝えられた。
ユディットには言えない話とはなんだろうとジは久々にノーヴィスの工房に足を運んだ。
「よく来てくださいました」
ジが来るとノーヴィスは小難しい顔をしてジの前に座る。
ピーサイがまた申し訳なさそうな顔をして水を持ってくるがここの水は工房の後ろに井戸があって冷たくて美味しい水なのだ。
貧民街にいれば泥の味がする水を啜ることもあった。
綺麗で冷たい水もジからすればご馳走なのだ。
最近ちょいちょいジュースだの紅茶だの飲む機会があるのだけどジが家で飲んでるものじゃない。
今はユディットが山のように取ってくれた苦いお茶を飲んでいる。
甘いものが好きなグルゼイには不評だけど何故かリアーネには評判がいい。
「それで今日は何の御用で?」
問題があるとは聞いていない。
馬車の話はウェルデンのところで止まっているはずだし資金も十分に提供していた。
「……ジさんは今後どうするつもりなんだい?」
「今後ですか?」
「人の噂は止められず、隠そうとしても秘密はバレるもんだ。
ウェルデンさんが俺たちのことを話さないでいてくれているようだけどウチで作っていることは周りにバレ始めている。
同業者には何をどうやって作ってるのか探りをいれてくる連中もで始めた」
パージヴェルの宣伝のおかげか思っていたより注目が集まり過ぎてしまったようだ。
もう少し準備が出来てからと思っていたのだけどパージヴェル効果はジの想定を超えていた。
「正直この工房で隠しておくにも限界がある。
ウチの若いのから聞き出そうとしてきた奴がいるなんて話もある」
「どうなされたいんですか?」
まさかここで降りると言うのか。
妙な緊張感を持ってジも話を聞く。
「俺は細かいこたぁわからないんだ。
昔から何かを作ることしかしてこなかった。
剣よりもハンマーの方が馴染みが深いし数字もわからねぇ。
一丁前に弟子持って工房なんか構えたが繁盛もしてない。
ただ、したくもない仕事はしないで、したい仕事はしてきたつもりだ」
黙って言葉を待つのは気を揉むけどなんだか真面目な目をしたノーヴィスの言葉の途中に口を挟む気にならなかった。
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