お茶を摘みに行って
「待ってくださいよ、病み上がりなんですから」
「もう大丈夫だって」
首都からもそう遠くない村からさらにそう遠くない森の中。
森というには木々はまばらだけど、村ではここを森と呼んでいた。
森を抜けると小高い丘があって広い草原が広がっている。
丘には元々木こりをしていた人の小屋があって、今は無人の建物になっている。
時々自分で補修して使っていたので過去の方が綺麗なまでもあったと古くなった小屋を見て思う。
「えっと、これだ。
これを探して袋に入れていってほしい」
「はぁ、分かりました」
ジはユディットを伴って過去最後に住んでいたところを訪れていた。
少し周りを探してある葉っぱを取った。
少しギザギザとして大きめの葉をユディットに見せる。
「俺はちょっとあの小屋で休んでるから頼んだぞ」
「えっ、私だけやるんですか?」
「こっちは病み上がりだぞ?」
「う……分かりました。
お休みください、ご主人様」
「ははっ、ありがとう我が騎士よ」
誰も使っていない小屋なので勝手に入っても怒る人はない。
ジは抱えたフィオスを床に下ろして椅子の埃を払って壊れないように慎重に座る。
確か過去にはどれかの椅子が座った瞬間に壊れてしまったことがあったと思い出したのだ。
大丈夫そうだ。
ある程度体重をかけても壊れないことを確認して安心して座る。
ひどいものだと小屋の中を見渡して思う。
こんなものだったかと思い返してみるけどたしかにこんなものであった。
住んである程度直してしまうと気にならなくなったし、それなりに長いこと住んでいたので若干の記憶の美化もあった。
よーく思い出してみると綺麗でもまともでもなかった。
雨風が凌げるだけのそんなレベルの住まいであった。
「おいで、フィオス」
椅子は壊れないのでフィオスを抱きかかえていても大丈夫。
「ここに戸棚を作って、少ない本を並べたものだ」
思い出せるようなことも少ない我が家ではあるが思い出そうと記憶を探ってみると案外思い出せることもあった。
自分で増設した棚、直した雨漏り、腐っていたので張り替えた床板。
もう自分が手を加えた我が家ではないのになぜか愛着が湧いてくる。
不思議だけど悪くない気分。
「フィオスは憶えて……いないか」
時折、本当に時折だけどフィオスにも過去の記憶が残っているように感じる。
やらせたことがないから過去との比較が出来ないのだけどフィオスは初めてにしては色々覚えるのが早い。
自分がそうしてこなかったから分からなかっただけでフィオスは意外と物覚えが良かったのかもしれない。
あるいは過去の記憶があるから早く慣れてこられたのかもしれないなんてことも思う時がある。
この世界で過去に何があったのかを憶えているのは自分1人。
そんなふうに考えると無性に寂しくなって、孤独な感じがして、フィオスが過去を憶えていないかななんて考えてしまう。
憶えていても憶えていなくてもどちらでも構いはしない。
ただ憶えていてくれたらいいなと思うし、憶えていてくれなくてもいいなとも思う。
一緒に過去を知っているという安心感もあるけれど、過去の自分はクズでフィオスにも厳しかったのでそれを憶えていられると少し恥ずかしい。
どっちが良いかは分からない。
それにフィオスが答えも返してはくれないのでどっちであるのかも分からない。
言葉はわかっている感じがするので意思疎通の方法を考えればいけないこともなさそうだけど知らなくてもこの先ジとフィオスに変わることがないからいいのだ。
「でもさ、あれは……」
死んだ時に見た記憶。
ゴラムが子供を生き返らせた衝撃的な記憶を思い出した。
見覚えの薄い、なぜか良く思い出せない男。
ぼんやりとしていてもう顔も思い出せないけれどあれは自分だったのでないかと思う。
フィオスがやったことをジは聞いた。
奇跡を起こしたスライム。
しかしジには何となくフィオスがやったことの予想ができていた。
胸に自分の体を差し込んで心臓を包み込んでマッサージしたのだ。
かつてゴラムがそうやって子供を生き返らせたように。
胸を大きく切り開くよりはいくらか効率的なやり方だったとは思うけれど。
「あれはお前の記憶なのか?」
死の淵にそんな高等なことをフィオスに命令できたとは思えない。
ならばフィオスが自分で考えて、自分で行動したことになる。
フィオスは答えない。
突くと揺れて、触られていると喜びの感情が伝わってくるだけである。
答えないのだから考えても仕方ない。
「…………ここにカップを並べてお茶を飲んだな」
窓の外を見るとユディットが真面目に葉っぱを集めている。
フィオスと共に飲んだお茶。
フィオスがあのお茶を好きだったのかは分からないけれどジはお茶も、フィオスと一緒にお茶を飲む時間も好きだった。
「なんだかもう短い間なのに過去の人生よりも濃い感じがするよ」
せめて過去で冷たく当たってしまった親友には長く生きてもらいたい。
お世話になった貧民街の人々が少しでも健やかに過ごせるようにしたい。
そんな思いで記憶を掘り起こして知っている出来事に首を突っ込んでみたりもしたけど、実際は知らないことの方が多い。
そしてジが首を突っ込んだせいか変わったことが多くあり、ジの知らないことも起き始めている。
ただ大きな出来事は多少の流れも関係なく起こるようで、そうするとこれから知っているだけでも多くの悲惨な出来事が起こりかねない。
「どうしたらいいんかね?」
多くのことが変わり、多くのことを経験して、自分にできることの限界を悟った。
ジもフィオスも少しずつは成長している。
悪魔にはボロ負けして死にかけたけど最初の頃のジだったらなすすべもなかっただろう。
悩んだところでできることが多くないのはわかっている。
でも待ち受ける未来を変えられるようにはしたい。
「悲しみは1つでも少ない方がいい……うわっ!」
背もたれに体重をかけたら椅子が壊れた。
「いてて……フィオス?」
床に寝転がることになったジの上にフィオスが飛び乗ってくる。
ジの顔周りに密着してくるフィオスの意図がわからず困惑する。
「なになに、どした?
……そんなに痛くないよ」
心配してくる感情が伝わってくる。
どうやら頭を打ち付けたジのことをフィオスは心配しているようだ。
フィオスが触れているところがほんのりと温かくジはフィオスが心配するままに体をまさぐられていた。
一通りジの体をチェックしたフィオスはジのお腹の上で丸くなる。
「ま、なんでもいいか」
じんわりとお腹が温かくて眠くなってきた。
今日のフィオスは妙に温かった。
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